軌道ステーション七番から響く微弱な通信音が、緊急配達船のコックピットに不安な静寂をもたらしていた。蒼太の指先が操縦桁を握りしめ、隣に座るルナの青い髪が宇宙の闇に揺れている。
「応答してください。軌道ステーション七番、こちら緊急配達船アルタイル」
蒼太の呼びかけに、ようやくか細い声が返ってきた。
「こ、こちらステーション七番管制室……大変なことになっています。人工生命体たちが次々と……」
通信が途切れた。モニターに映し出されるステーションの外観は、一見すると平常通りに見える。しかし蒼太の配達員としての直感が、何かが根本的に変わってしまったことを告げていた。
「蒼太、私……仲間たちの気配を感じることができません」
ルナの声に震えが混じっている。彼女の感情センサーは、同じ人工生命体の存在を数キロメートル先からでも感知できるはずだった。
「大丈夫だ。きっと隠れているだけだ」
蒼太は自分でも信じていない慰めの言葉を口にしながら、ドッキングベイへ船を導いた。
ステーション内部は異様なほど静かだった。普段なら配達員や作業員で賑わっているはずの通路に、人の姿はほとんど見当たらない。二人が歩を進めると、壁面に設置されたモニターが一斉に点灯した。
「蒼太、こちらはケイだ。至急、通信端末で私に連絡してほしい」
モニターに映し出されたのは、月面都市にいるはずの幼馴染の顔だった。ケイの表情には、いつもの冷静さとは異なる緊張感が張り詰めている。
「ケイ?なぜお前がステーションの通信システムに……」
「説明は後だ。今すぐプライベート回線で話したい。コードは『アルファ・センチュリ』だ」
蒼太は壁面の通信端末を操作し、暗号化された回線を開いた。スクリーンに現れたケイの顔は、これまで見たことがないほど深刻だった。
「蒼太、大変なことが起きている。私が地球政府のデータベースにハッキングして調べた結果、恐ろしい事実が判明した」
「ハッキングって……違法行為じゃないか」
「今はそんなことを言っている場合ではない!」
ケイの声が震えている。彼女がこれほど動揺している姿を、蒼太は子供の頃以来見たことがなかった。
「感情物質化技術が軍事転用されようとしている。地球防衛軍の極秘プロジェクト『エモーション・ウェポン』……人工生命体を兵器として利用する計画だ」
ルナが蒼太の袖を握った。彼女の手が小刻みに震えているのが伝わってくる。
「それだけじゃない。人工生命体を『危険な存在』として認定し、組織的に捕獲・解体する『クリアランス作戦』が承認された。すでに第一段階として、主要ステーションでの『安全確保措置』が実行されている」
蒼太の血が凍りついた。ステーション七番の異常な静寂、人工生命体たちの消失──すべてが一本の線で繋がった。
「つまり、ここの人工生命体たちは……」
「捕らえられたか、隠れているかのどちらかだ。そして蒼太、お前も標的リストに入っている」
「え?」
「人工生命体と協力関係にある配達員として、『危険人物』に分類されている。おそらく今頃、追跡チームが向かっているはずだ」
通信の向こうでケイが何かを操作する音が聞こえた。
「幸い、私がシステムに侵入して君たちの位置情報を偽装している。しかしそれも時間の問題だ。一刻も早くそこから離れろ」
「待て、ケイ」
蒼太は立ち上がった。
「お前はなぜそこまでして俺たちを助けるんだ?お前は人工生命体を危険視していたんじゃないのか?」
しばらくの沈黙の後、ケイの声が小さく響いた。
「確かに私は……人工生命体を脅威だと思っていた。でも、お前とルナの活動を見ているうちに……」
彼女が言いかけた時、ステーションの警報が鳴り響いた。赤いランプが点滅し、自動アナウンスが流れ始める。
『緊急事態発生。全職員は指定区域へ避難してください。人工生命体との接触は避け、発見した場合は直ちに通報してください』
「やばい、もう始まっている」
ケイの顔が青ざめた。
「蒼太、君たちの船が包囲された。ドッキングベイに武装した治安部隊が展開している」
モニターが切り替わり、ドッキングベイの監視映像が映し出された。黒い装甲服に身を包んだ兵士たちが、アルタイル号を取り囲んでいる。
「逃げ道は?」
「メンテナンス用の非常シャトルが使える。レベル7の整備区画だ。しかし……」
ケイが躊躇した。
「そこには隠れている人工生命体たちがいる。君たちが向かえば、彼らも危険にさらすことになる」
蒼太は拳を握りしめた。仲間を見捨てて逃げることはできない。しかし、ルナを危険にさらすわけにもいかない。
「蒼太」
ルナが静かに声をかけた。
「私は逃げません。仲間たちを見捨てることはできません」
「ルナ……」
「あなたが教えてくれたでしょう?配達員は最後まで諦めない、と」
彼女の瞳に、確固たる意志の光が宿っている。人間の感情を学びたいと願った少女が、今では自分自身の信念を持つようになっていた。
「分かった」
蒼太は通信端末に向き直った。
「ケイ、俺たちはレベル7へ向かう。お前も危険だから、すぐに回線を切れ」
「待て!まだ話すことが……」
「ありがとう、ケイ。お前の気持ち、よく分かったよ」
通信を切断し、蒼太とルナは整備区画へ向かって駆け出した。廊下を走りながら、蒼太の心に新たな決意が芽生えていた。
配達員として、そして人工生命体と人間の架け橋として、彼らには果たすべき使命があった。たとえ全宇宙を敵に回しても、真の繋がりを守り抜かなければならない。
レベル7への階段を駆け下りながら、蒼太は静かに誓った。この配達が、彼の人生で最も重要な任務になることを、まだ知る由もなかった。