軌道ステーション七番のレベル7は、普段は貨物倉庫として使われているフロアだった。薄暗い通路に響く足音が妙に大きく聞こえる中、蒼太とルナは慎重に奥へと進んでいく。

「蒼太、この先に気配を感じます」

 ルナの声は小さく震えていた。人工生命体である彼女には、同種の存在を感じ取る能力がある。だが今感じているのは恐怖に震える仲間たちの気配なのだろう。

「大丈夫だ。俺たちが必ず助ける」

 蒼太は短く答えながら、壁に設置された非常用の配電盤の陰に身を潜めた。遠くから聞こえてくる治安部隊の無線交信が、この状況の深刻さを物語っている。

 ―人工生命体確保作戦フェーズ2、各区域での掃討を継続せよ―

 配達屋として宇宙を飛び回ってきた蒼太にとって、人工生命体は特別な存在ではなかった。むしろ彼らの多くは、荷物の受け渡しを手伝ってくれる頼もしい仲間だったのだ。それが今、兵器として利用されようとしている。

「あった」

 蒼太は倉庫の奥で、わずかに開いたメンテナンスハッチを発見した。そこから漏れる微かな光と、押し殺された話し声が聞こえてくる。

 ハッチをそっと押し開けると、狭い配管スペースに十数体の人工生命体が身を寄せ合っていた。彼らの体は不安と恐怖で薄く光っている。蒼太の顔を見つけた瞬間、安堵の表情を浮かべた。

「配達屋さん!」

 その中の一体、小さな子どものような姿をしたピカが駆け寄ってきた。彼は以前、木星圏への配達の際に蒼太を手伝ってくれたことがある。

「無事だったか。良かった」

「でも、仲間がたくさん連れて行かれちゃった。僕たちも見つかったら…」

 ピカの声が涙でかすれる。人工生命体は感情から生まれた存在だが、その感情は人間のそれと何ら変わりない。恐怖も、悲しみも、そして希望も。

「心配するな。俺が必ずお前たちを安全な場所まで送り届ける」

 蒼太の言葉に、隠れていた人工生命体たちがざわめいた。

「でも蒼太、あなたも指名手配されているのでしょう?そんな危険なことを…」

 ルナが心配そうに見つめる。確かに今の状況で人工生命体を匿えば、蒼太自身にも大きな危険が及ぶだろう。

「俺は配達屋だ」

 蒼太は静かに、しかし確固とした意志を込めて言った。

「配達屋の仕事は、大切なものを確実に届けること。荷物だけじゃない。人の想いも、希望も、そして…」

 彼は人工生命体たちを見回した。

「生命も、だ。お前たちは誰かの大切な感情から生まれた、かけがえのない存在だ。それを兵器にするなんて、俺は絶対に許さない」

 その時、通信機にケイからの緊急信号が入った。

『蒼太、聞こえるか?治安部隊がレベル7に向かっている。あと五分で到着する』

「分かった。みんな、ここを出るぞ」

 蒼太は手早く脱出ルートを考える。このステーションの構造は頭に入っている。貨物用の射出ポートから小型艇で脱出すれば、一時的に追跡を振り切ることができるはずだ。

「でも配達屋さん、僕たちを助けたらあなたが…」

 ピカが不安そうにつぶやく。蒼太は彼の小さな頭を優しく撫でた。

「配達屋にとって一番大切なのは、約束を守ることだ。今、俺はお前たちに約束した。必ず安全な場所まで送り届けるって」

 ルナの瞳が光る。それは感動の涙だった。

「蒼太…あなたって、本当に…」

「感動するのは後だ。今は逃げることに集中しよう」

 一行は配管を抜けて、貨物エリアへと向かった。蒼太の頭の中では既に詳細な計画が組み上がっている。まず小型艇で月面の隠れ家へ向かい、そこから各々を安全な場所へ送り届ける。時間はかかるが、確実な方法だ。

 貨物用ハンガーに到着すると、幸い小型輸送艇が一機停泊していた。蒼太は手慣れた様子でハッチを開け、みんなを乗り込ませる。

「定員オーバーだが、短時間なら大丈夫だろう」

 エンジンを始動させながら、蒼太は改めて自分の決意を確認していた。これまで彼は淡々と配達業をこなしてきた。特別な使命感があったわけではない。ただ、依頼されたものを確実に届ける。それだけだった。

 しかし今は違う。人工生命体たちを守ることが、彼にとっての新たな配達なのだ。大切なものを、あるべき場所へ届ける。それこそが配達屋の本分だった。

「発進するぞ」

 小型艇はハンガーから静かに滑り出した。窓の向こうに広がる星空は、いつもより美しく見える。それは希望の光だった。

「蒼太」

 操縦席の隣に座ったルナが呟く。

「私、あなたと出会えて本当に良かった。あなたのような人間がいるから、私たちも希望を持てるんです」

「俺だって同じだ」

 蒼太は振り返らずに答えた。

「お前たちと出会って、俺は本当の配達屋になれた気がする」

 通信機にケイからの連絡が入る。

『蒼太、月面基地のセクター7に隠れ家を用意した。座標を送る』

「ありがとう、ケイ」

『礼はいい。ただし、地球防衛軍の追跡は激しくなる一方だ。長期的な計画を考えないと』

 蒼太は頷いた。確かに一時しのぎの対策では限界がある。根本的な解決策が必要だった。

 その時、後部座席からピカの声が聞こえた。

「配達屋さん、僕たちにも何かできることはありませんか?」

「そうです」別の人工生命体が続ける。「私たちも一緒に戦いたいんです」

 蒼太は少し考えてから答えた。

「戦うんじゃない。俺たちは配達をするんだ。人間と人工生命体が共に生きられる未来を、みんなのもとへ届けるんだ」

 小型艇は月面へと向かう軌道に乗った。地球が次第に小さくなっていく。しかし蒼太の心は大きな希望で満たされていた。

 配達屋としての新たな使命。それは単なる物の配達を超えた、心と心を繋ぐ配達だった。そしてその第一歩が、今始まったのだ。

「次の配達先は、希望だ」

 蒼太の呟きが、静かな船内に響いた。星空の向こうに、新しい物語の始まりが見えた気がした。

星降る夜の配達屋

13

配達屋としての信念

星野 宙音

2026-04-02

前の話
第13話 配達屋としての信念 - 星降る夜の配達屋 | 福神漬出版