木星圏での長い任務を終えた輸送船が、青い地球の大気圏へと滑り込んでいく。船内に響く軽やかな着陸音を聞きながら、蒼太は久しぶりの故郷の重力を足裏に感じていた。
「無事に帰ってこられましたね」
ルナが小さく微笑みながら、舷窓の向こうに広がる地球の景色を見つめている。軌道エレベーターが天へと伸び、その周囲に浮かぶ宇宙ステーション群が規則正しく配列されている光景は、この世界の日常だった。しかし今の蒼太には、いつもより輝いて見える。
「ああ。お疲れ様だった、ルナ」
蒼太は荷物を整理しながら答えた。今回の配達は困難な任務だったが、ルナと共に乗り越えることができた。彼女の存在がどれほど心強かったか、言葉にするのは難しい。
宇宙港のターミナルに足を踏み入れると、いつもとは違う雰囲気が漂っていた。警備員の数が増えているし、検問も厳重になっている。蒼太は眉をひそめた。
「随分と物々しいな」
「何かあったのでしょうか」
配達員登録証を提示しながら、蒼太は警備員に尋ねた。
「最近、人工生命体関連のトラブルが増えているんでね。厳重警戒体制を敷いているのさ」
警備員の言葉に、ルナの表情がわずかに曇る。蒼太は彼女の肩にそっと手を置いた。
「大丈夫だ。君は俺の配達パートナーとして正式に登録されている」
検査を通過して外に出ると、地球特有の生暖かい風が頬を撫でていく。しかし街の様子はどこか殺伐としていた。街頭スクリーンでは連日、人工生命体に関するニュースが流れている。
「地球政府は人工生命体管理法の制定を検討していると発表しました。これは人工生命体の活動範囲を制限し、人間社会への影響を最小限に抑えることを目的としています」
ニュースキャスターの声が宙に響く。蒼太とルナは立ち止まり、画面を見上げた。
「一部の人工生命体が人間に危害を加える事件も報告されており、市民からは不安の声が上がっています。専門家は『感情から生まれた存在である人工生命体は、本質的に不安定で予測困難だ』と警鐘を鳴らしています」
ルナの手がわずかに震えている。蒼太は彼女の手を握った。
「偏見に過ぎない。君を見ていれば分かる」
「でも、蒼太さん。もしかしたら私も」
「違う」
蒼太の声には迷いがなかった。
「君は理恵さんの愛から生まれた。そして今は俺たちの仲間だ。それが全てだ」
配達会社のオフィスに向かう途中、二人は抗議デモの群衆に遭遇した。「人工生命体は地球から出て行け」「人間の仕事を奪うな」といったプラカードが掲げられている。
デモ隊の一人がルナの姿を認めて指を差した。
「あそこにも一体いるぞ!」
「人工生命体を野放しにするな!」
怒号が飛び交い、群衆がこちらに向かってくる。蒼太は咄嗟にルナの手を引いて路地へ逃げ込んだ。
「大丈夫か?」
「はい。でも、どうしてあの人たちは私たちを憎むのでしょうか」
ルナの瞳に困惑の色が浮かんでいる。蒼太は答えに窮した。人間の感情は時として残酷で、理解し難いものがある。
「恐怖が憎しみを生むんだ。未知のものに対する恐れが、攻撃性に変わってしまう」
「でも、私たちは人間を傷つけたいわけじゃありません」
「分かっている。だからこそ、俺たちが証明しなければならない。人間と人工生命体が共存できることを」
配達会社に到着すると、所長の田中が深刻な表情で二人を迎えた。
「おかえり、蒼太。任務ご苦労だった」
田中の視線がルナに向けられる。そこにはいつもの優しさとは違う、複雑な感情が宿っていた。
「実は、君たちに話がある。上からの指示で、当面の間、人工生命体の配達員同行は中止することになった」
蒼太の表情が険しくなる。
「それはどういうことですか」
「世論の悪化を受けて、安全対策の見直しが必要だということだ。ルナちゃんに恨みはないが」
「俺はルナと一緒に配達を続けます。彼女は優秀なパートナーです」
蒼太の声に強い意志が込められていた。田中は困った表情を浮かべる。
「気持ちは分かるが、会社としても立場がある。取引先からも懸念の声が上がっているんだ」
ルナが静かに口を開いた。
「私が辞めます。蒼太さんに迷惑をかけるわけにはいきません」
「何を言っている」
「これが現実です。私がここにいることで、みんなが困っているなら」
「ルナ」
蒼太はルナの肩を掴んだ。
「君は俺の大切なパートナーだ。誰に何を言われようと、それは変わらない」
オフィスの扉が勢いよく開かれ、ケイが飛び込んできた。息を切らせながら、彼は蒼太たちに向かって叫ぶ。
「大変だ! ヴォイドが地球軌道ステーション七番に現れた! 人工生命体たちが次々と消失している!」
その瞬間、街の向こうから巨大な爆発音が響いてきた。空を見上げると、宇宙ステーションの一つが不自然な光を放っている。
「まさか」
ルナの顔が青ざめる。
「仲間たちが襲われているのですか」
蒼太は即座に立ち上がった。
「田中さん、緊急配達船を出してください」
「何をするつもりだ」
「助けに行く。人工生命体だって、俺たちと同じように生きている。見捨てるわけにはいかない」
田中は迷った様子を見せたが、やがて頷いた。
「分かった。だが、これは会社としての任務じゃない。君個人の判断だ」
「承知しています」
準備を整えながら、蒼太はルナの手を握った。
「一緒に来てくれるか」
「はい。私も戦います」
二人の瞳に、強い決意の光が宿っていた。
緊急配達船のエンジンが火を噴き、地球の重力圏を離れていく。窓の外では、ステーション七番からの救難信号が赤い光となって明滅している。
「ヴォイドの狙いは何なんだ」
操縦桿を握りながら、蒼太は呟いた。
「分かりません。でも、きっと私たちへの憎しみが関係しているはずです」
ルナの声が震えている。蒼太は彼女を振り返った。
「恐がることはない。俺たちは今まで困難を乗り越えてきた。今度だって大丈夫だ」
「蒼太さん」
「何だ」
「もし私がいなくなっても、人工生命体のことを忘れないでください」
「何を言っている。君はいなくならない。俺が必ず守る」
宇宙船はステーション七番に向かって加速していく。そこで何が待ち受けているのか、二人にはまだ分からなかった。しかし確かなことがあった。どんな困難が待ち受けていようと、二人は共に立ち向かうのだ。
地球が次第に小さくなっていく中で、新たな戦いの幕が上がろうとしていた。