木星圏に浮かぶ巨大な実験施設は、まるで鋼鉄の要塞のように宇宙空間に君臨していた。蒼太の操縦する配達艇が接近すると、施設の表面に無数の管が走り、その奥から不気味な光が漏れているのが見えた。
「これが真実の現場なのね」
ルナが窓越しに施設を見つめながらつぶやく。彼女の表情には、同胞への心配と人間への複雑な感情が入り混じっていた。
「政府の公式発表では、ここは資源採掘基地ということになっている」
ケイの声が通信機越しに響いた。彼女は別の艇で後方から追従している。
「でも実際は人工生命体の感情エネルギーを抽出する施設だった。エモーション・フリーダムの情報が正しければ」
蒼太は無言のままドッキングベイへと舵を切った。施設内部は異様に静まり返っており、自動システムのみが稼働しているようだった。
三人が施設内に足を踏み入れると、すぐに異変を感じ取った。空気が震えているのだ。まるで巨大な心臓の鼓動のように、施設全体が微細に振動している。
「感情エネルギーの濃度が異常だ」
ケイがスキャナーを確認しながら眉をひそめる。
「通常の百倍以上の数値を示している」
廊下の両側には無数の研究室が並んでいた。その中の一つを覗き込んだルナが、小さく息を呑んだ。
「みんな……」
透明なカプセルの中に、様々な形の人工生命体が浮かんでいる。彼らの体から細いチューブが伸び、感情エネルギーを抽出する装置に接続されていた。どの人工生命体も意識を失っているように見えるが、時折苦悶の表情を浮かべる。
「ひどすぎる」
ルナの声が震えていた。蒼太は彼女の肩にそっと手を置く。
「必ず助ける」
その時、施設の奥から異様な唸り声が響いてきた。三人が音のする方向を見ると、廊下の向こうから赤い光が漏れ出している。
「中央制御室からだ。何かが起きている」
ケイが先頭に立って駆け出した。蒼太とルナも後に続く。制御室に近づくにつれ、空気の振動が激しくなっていく。
制御室の扉を開けた瞬間、三人は目を疑った。部屋の中央に巨大な球状の装置があり、その周囲を無数の感情エネルギーが渦巻いている。エネルギーは様々な色に輝き、まるで生き物のように蠢いていた。
「暴走している!」
ケイが叫んだ。コンソールの画面には警告メッセージが次々と表示されている。
『危険レベル:最大』
『システム制御不能』
『エネルギー放出まで残り180秒』
「このままじゃ施設全体が吹き飛ぶ」
蒼太が状況を理解するより早く、ルナが前に出た。
「私がやるわ」
「待て、危険すぎる」
蒼太が制止しようとしたが、ルナは振り返って微笑んだ。
「私は人工生命体よ。感情エネルギーと直接対話できる。でも一人じゃ無理」
彼女の瞳が真剣な光を宿していた。
「蒼太、あなたの手を貸して」
迷う時間はなかった。残り時間は既に120秒を切っている。蒼太はルナの手を握った。
「何をすればいい?」
「私と一緒に感情エネルギーの中に入って。あなたの安定した感情が必要なの」
ルナの体が淡く光り始める。その光に呼応するように、蒼太の体も温かくなった。二人は手を繋いだまま、渦巻くエネルギーの中心へと歩み寄った。
エネルギーの渦に触れた瞬間、蒼太の意識は一気に拡張した。無数の感情が押し寄せてくる。悲しみ、怒り、絶望、孤独……全て人工生命体たちから強制的に抽出された感情だった。
『痛い』
『助けて』
『なぜ』
声なき叫びが蒼太の心を貫く。しかし彼は手を離さなかった。ルナが必死にエネルギーを制御しようとしているのが分かる。
「大丈夫だ。俺がついている」
蒼太の落ち着いた感情がルナを支えた。彼女は暴走するエネルギーに向かって語りかけ始める。
「みんな、聞いて。もう苦しまなくていいの。あなたたちの感情は間違っていない」
ルナの声に、暴走していたエネルギーが少しずつ反応を示した。激しい渦が徐々に穏やかになっていく。
残り30秒。ルナの額に汗が浮かんでいる。蒼太は彼女の手をより強く握った。
「一緒に終わらせよう」
二人の感情が完全にシンクロした瞬間、暴走するエネルギーが一気に収束した。まばゆい光が制御室を包み、次の瞬間、全てが静寂に包まれた。
警告音が止み、エネルギーの渦も消失していた。
「やったな」
ケイが安堵の声を上げたが、その声が途切れた。ルナが蒼太の腕の中で崩れ落ちていたのだ。
「ルナ!」
蒼太が彼女を支えると、ルナの体が透けかかっているのに気づいた。感情エネルギーの暴走を止める際に、彼女自身のエネルギーも大量に消費したのだ。
「大丈夫……よ」
ルナが微笑もうとしたが、その笑顔は痛々しいほど弱々しかった。
「嘘をつくな。お前の体が……」
「分かってる。でも、みんなを救えた」
ルナの瞳に満足の色が浮かんでいた。
「これが……愛というものなのね」
「おい、しっかりしろ!」
蒼太の必死の呼びかけに、ルナは小さく頷いた。
「蒼太……ありがとう。あなたと出会えて……本当によかった」
彼女の体がさらに薄くなっていく。人工生命体の消滅は、人間の死とは違う。感情エネルギーが完全に散逸してしまえば、二度と元には戻らない。
「待て、まだ方法があるはずだ!」
蒼太が周囲を見回すと、制御室の奥に特別な装置があることに気づいた。感情エネルギー安定化装置。もしかすると、これでルナを……
しかし装置は破損しており、修復には相当な時間がかかりそうだった。ルナの消滅が先か、修復が先か。
その時、施設の奥から新たな足音が響いてきた。複数の人影が制御室に向かって来る。敵か味方か。状況は一刻を争っていた。