三つ巴の対峙状況が続く宇宙空間で、突如として通信回線に割り込んできた緊急信号があった。発信源は意外にも、エモーション・フリーダムの指揮艦からだった。

「全艦隊に告ぐ。今すぐ戦闘を中止せよ」

 リーダーの女性の声は震えていた。画面に映し出されたのは、血の気の失せた彼女の顔だった。

「我々は重大な情報を入手した。政府が秘密裏に進めている実験施設の存在が明らかになったのだ」

 蒼太は操縦席でその通信を聞きながら、ルナと視線を交わした。ルナの青い瞳には困惑の色が浮かんでいる。

「実験施設?」ケイの声が通信機越しに響いた。「何の実験だって?」

「人工生命体を使った非人道的実験だ。詳細は直接お見せしよう」

 画面が切り替わると、そこには信じがたい光景が映し出された。白い実験室の中で、複数の人工生命体が拘束具に固定されている。彼らの体からは絶え間なく感情エネルギーが抽出されており、その苦痛に歪んだ表情が生々しく映し出されていた。

 ルナが小さく息を呑む音が聞こえた。蒼太は彼女の震える手を握りしめた。

「これは一体...」

「感情エネルギーの強制抽出実験だ」女性指揮官の声が続いた。「政府は人工生命体を道具として扱い、彼らから感情エネルギーを搾取している。軍事利用のために、だ」

 画面には次々と実験の様子が映し出されていく。痛みを訴える人工生命体たち。それを無視して作業を続ける研究者たち。そして抽出されたエネルギーが兵器に変換されていく過程まで。

「嘘だろ...」ケイの呟きが聞こえた。「こんなことが本当に行われているなんて」

 蒼太は拳を強く握りしめた。胸の奥から込み上げてくる怒りを抑えきれずにいた。これまで自分が信じてきた世界の在り方が、根底から覆されるような衝撃だった。

「この映像はどこで撮影されたものですか?」蒼太が通信機に向かって尋ねた。

「木星圏の小惑星に偽装された秘密施設だ。座標データを送信する」

 ナビゲーション画面に新たな目的地が表示された。それは確かに木星軌道上の小惑星帯に位置していた。

 ピュリファイヤーの艦隊からも通信が入った。指揮官の男性の声は動揺を隠しきれずにいた。

「我々は...知らされていなかった。このような実験が行われているなど」

「知らないで済む話ではないでしょう」エモーション・フリーダムの指揮官が厳しい声で返した。「あなたたちが人工生命体を狩り立てている間に、政府は彼らを実験材料として利用していたのです」

 宇宙空間に重苦しい沈黙が流れた。蒼太は深呼吸をして、気持ちを整理しようとした。しかし、あの映像で見た人工生命体たちの苦痛に歪んだ表情が頭から離れなかった。

「僕たちはその施設に向かいます」蒼太が決然とした口調で言った。「実態を確認して、可能なら人工生命体たちを救出したい」

「危険すぎる」ケイが反対した。「政府の秘密施設なら、厳重な警備があるはずだ」

「それでも行かなければならない」ルナが初めて口を開いた。その声は震えていたが、確固とした意志を感じさせた。「同じ人工生命体として、見て見ぬふりはできません」

 蒼太はルナの横顔を見つめた。彼女の青い瞳には、これまで見たことのない強い意志の光が宿っていた。

「分かりました」エモーション・フリーダムの指揮官が言った。「我々も艦隊の一部を派遣しましょう。ただし、これは調査任務です。無茶は禁物ですよ」

「僕たちも行く」意外にもピュリファイヤーの指揮官が名乗りを上げた。「もしこの情報が真実なら、我々は間違った敵と戦っていたことになる。確認する必要がある」

 こうして、つい先ほどまで敵対していた三つの勢力が、一時的な協力関係を結ぶことになった。目的地は木星圏の秘密実験施設。そこで何が行われているのか、自分たちの目で確かめるために。

 航行準備を整えながら、蒼太は複雑な心境でいた。配達屋として数々の依頼をこなしてきたが、これほどまでに正義感を掻き立てられる任務は初めてだった。

「蒼太」ルナが静かに声をかけた。「怖いです。でも、行かなければならない気がします」

「ああ、僕も同じ気持ちだ」蒼太は頷いた。「君を一人にはしない。必ず一緒に帰ろう」

 木星への航路に針路を取りながら、蒼太は考えていた。もし映像が真実なら、この宇宙はもっと歪んだ場所だったということになる。人工生命体と人間の共存など、政府にとっては最初から眼中になかったのかもしれない。

 しかし、それでも諦めるわけにはいかない。ルナとの出会いが教えてくれたこと、感情の尊さと繋がりの大切さは決して偽物ではない。それを信じて進むしかない。

 宇宙空間に浮かぶ三つの艦隊が、木星に向けて航行を開始した。それぞれの思いを胸に秘めながら、真実を求めて暗黒の宇宙を駆け抜けていく。

 そして、木星軌道に到達したとき、彼らを待ち受けていたのは想像を絶する光景だった。

 小惑星に偽装された施設の周囲には、おびただしい数の監視衛星が浮かんでいる。そしてその奥に見える施設の規模は、予想をはるかに超えていた。

「あれが...実験施設」ケイが息を呑んだ。

 施設からは微弱な感情エネルギーの波動が発せられており、それは明らかに苦痛と絶望に満ちたものだった。ルナは身を震わせ、蒼太の袖を掴んだ。

「中にいる人工生命体たちの悲鳴が...聞こえます」

 その時、施設からの通信が入った。

「不審な艦隊を確認。直ちに立ち去れ。さもなくば攻撃する」

 しかし、もう後には引けなかった。真実がすぐそこにある以上、必ず確かめなければならない。蒼太は操縦桿を握り直し、決意を新たにした。

星降る夜の配達屋

31

秘密の実験施設

星野 宙音

2026-04-20

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第31話 秘密の実験施設 - 星降る夜の配達屋 | 福神漬出版