白鳥教授からの通信が途切れた後、蒼太の配達艇内には重い静寂が流れた。感情融合システムという希望の光が見えた矢先に、現実はより複雑な様相を呈していた。
「蒼太、見て」
ルナが指差すメインモニターには、地球からの緊急ニュースが映し出されていた。軌道エレベーター周辺に集まった抗議デモの様子、月面都市での人工生命体排斥運動、そして各宇宙ステーションで発生している対立の報道が次々と流れる。
『人工生命体支持派と反対派の対立が激化しています。地球統合政府は緊急声明を発表し、感情物質化技術の一時停止を検討していると──』
蒼太は通信を切り、深いため息をついた。これまでも人工生命体への偏見は存在していたが、ヴォイドの出現と一連の事件により、世界は完全に二つに分裂してしまったのだ。
「私のせいね」ルナが小さくつぶやく。「人工生命体が表に出てきたから、こんなことに」
「違う」蒼太は即座に否定した。「これは俺たちが解決しなければいけない問題だった。ただ、思ってたより深刻になってしまっただけだ」
配達艇の通信装置が再び鳴り響く。今度は月面都市からの発信だった。画面に映ったのはケイの険しい表情だった。
「蒼太、すぐに戻ってこい。状況がやばいことになってる」
「どういうことだ?」
「人工生命体狩りが始まった。軍事組織『ピュリファイヤー』が結成されて、各宇宙圏で人工生命体の排除作戦を展開してる。お前の隣にいるルナも標的リストに入ってる可能性が高い」
ルナの顔が青ざめる。蒼太は無意識に彼女の手を握りしめた。
「それだけじゃない」ケイは続けた。「逆に人工生命体支持派も過激化してる。『エモーション・フリーダム』という組織が、人工生命体への攻撃に対する報復を予告してるんだ」
画面越しに聞こえてくるケイの言葉は、蒼太たちが恐れていた最悪の事態を告げていた。世界は憎悪の連鎖に飲み込まれ、理性的な対話の余地を失いつつあった。
「俺たちはどうすればいい?」
「とりあえず月面基地に戻れ。中立地帯として宣言されてるから、そこなら安全だ」
通信が切れた後、蒼太は操縦桿を握り直した。しかし、目的地を月面基地に設定しようとした時、ルナが静かに首を振った。
「逃げるの?」
「逃げるじゃない。一時的に身を隠すんだ」
「でも、白鳥教授との約束は?感情融合システムを使ってヴォイドと話し合うって」
蒼太は迷った。確かに、このまま月面基地に戻れば安全かもしれない。しかし、世界が分裂していく中で、彼らだけが安全圏にいることに意味があるのだろうか。
その時、配達艇のセンサーが複数の接近物体を捉えた。警告音が鳴り響く中、蒼太は急いで識別信号を確認した。
「軍用艇だ」
三機の黒い戦闘艇が、蒼太たちの配達艇を包囲するような陣形で接近してくる。通信が入った。
『こちらピュリファイヤー第7艦隊。そちらの船には人工生命体が搭乗していることを確認している。即座に停船し、引き渡しに応じよ』
蒼太は歯を食いしばった。もはや中立でいることなど不可能だった。この瞬間、彼は選択を迫られていた。ルナを守るか、それとも争いを避けるためにあきらめるか。
「蒼太」ルナが震え声で呼びかける。「私、怖い」
その言葉を聞いた瞬間、蒼太の心は決まった。彼は配達艇の推進装置を最大出力に切り替え、回避機動を開始した。
『警告を無視するならば、攻撃する』
「やれるもんならやってみろ」蒼太はつぶやきながら、巧みな操縦で軍用艇の包囲網を突破しようとした。しかし、配達艇では戦闘艇の性能に敵わない。
その時、別の方向から新たな艦影が現れた。今度は白い船体に人工生命体支持の象徴マークを描いた艦隊だった。
『エモーション・フリーダム所属艦隊です。人工生命体への攻撃は許可できません』
宇宙空間で、三つの勢力がにらみ合いを始めた。蒼太とルナを挟んで、人工生命体狩りを行う『ピュリファイヤー』と、それを阻止しようとする『エモーション・フリーダム』。
「なんで俺たちがこんな目に」蒼太は苦々しく思った。彼らはただ、配達を通じて人々を繋ぎたかっただけなのに。
ルナが蒼太の袖を引いた。「私がいるから、あなたが巻き込まれるの。私一人で出て行けば──」
「馬鹿なことを言うな」蒼太は強い口調で制した。「俺たちは一緒にいるって決めただろう」
膠着状態が続く中、蒼太の通信装置に新しいメッセージが入った。送信者は、予想外の人物だった。
『配達屋よ』
画面に映ったのは、マスター・ヴォイドの禍々しい姿だった。憎悪のエネルギーに包まれた人工生命体の王が、皮肉めいた笑みを浮かべている。
『見ろ、これが人間の本性だ。我々が存在するだけで、彼らは憎み合い、争い合う。共存など幻想に過ぎない』
「ヴォイド...」ルナがその名前を呟く。
『ルナよ、お前はまだ理解していないのか?人間は我々を受け入れることなどない。ならば、我々が彼らを支配するしかないのだ』
ヴォイドの言葉と同時に、宇宙空間の緊張が頂点に達した。『ピュリファイヤー』と『エモーション・フリーダム』の艦隊が、ついに武器システムをオンラインにした。
蒼太は絶望的な状況を見回した。四方を敵に囲まれ、味方と呼べる存在はルナ一人。そして、世界は憎悪と対立に支配されていく。
「繋がりって何だ」彼は自分自身に問いかけた。「こんな世界で、俺たちにできることなんてあるのか?」
その時、配達艇のセンサーが異常なエネルギー反応を検知した。ヴォイドが何かを準備していることは明らかだった。そして、対立する両艦隊も攻撃態勢を整えている。
混沌とした宇宙空間で、蒼太とルナだけが取り残されていた。