咲良とエドワードを送り出した後、青嵐食堂の店内に静寂が戻った。颯太は無意識にカウンターを拭きながら、今日一日の出来事を振り返っていた。妹に恋人ができたという事実は、思った以上に自分の心に変化をもたらしていた。
扉の向こうから、小さな足音が聞こえてきた。リリアだ。颯太は振り返ると、いつものように控えめに立つ彼女の姿を見つけた。しかし今日の彼女は、どこか様子が違っていた。
「リリア、お疲れさま。今日は遅い時間だね」
「あ、はい……颯太さん、少しお時間をいただけますか?」
リリアの声にはいつもの遠慮がちな響きがあったが、その奥に何か強い意志のようなものを感じた。颯太は頷くと、彼女を席に案内した。
「何か飲み物でも用意しようか?」
「いえ、結構です。それよりも……」
リリアは小さく息を吸うと、颯太の目を真っ直ぐに見つめた。その瞳には、これまで見たことのない決意の光が宿っていた。
「颯太さん、私、ずっと言えなかったことがあるんです」
颯太の心臓が微かに早鐘を打った。リリアの真剣な表情から、これが軽い話ではないことが伝わってきた。
「聞かせてくれ」
「私……颯太さんのことが……」
言葉が途切れた。リリアは俯いて、握りしめた手を膝の上に置いた。その手が小刻みに震えているのを颯太は見逃さなかった。
「リリア、無理しなくてもいいよ」
「いえ、今日こそは……咲良さんを見ていて思ったんです。大切な人がいることの幸せを、素直に表現することの大切さを」
リリアは再び顔を上げた。頬は薄く紅潮していたが、その目には迷いがなかった。
「私、颯太さんのことが好きです。ただの食堂のお客さんとしてではなく、一人の女性として……颯太さんを愛しています」
静寂が店内を包んだ。颯太は言葉を失い、ただリリアを見つめていた。彼女の告白は予想していなかったわけではない。むしろ、心のどこかでいつかこの時が来ることを感じていた。しかし、いざその時が訪れると、自分の心が激しく揺れ動いているのを感じた。
「リリア……」
「お返事は、今すぐでなくても構いません。でも、私の気持ちだけは伝えたくて……颯太さんの料理と出会って、私の世界は本当に変わりました。初めてここに来た時のことを、今でもはっきりと覚えています」
リリアの瞳が遠くを見つめた。
「第3話の時でしたね……現代の食材に初めて触れて、その可能性に心を奪われました。でも本当に心を奪われたのは、食材ではなく、それを愛情込めて調理する颯太さんの姿だったんです」
颯太の胸が熱くなった。自分が料理に向き合っていた姿を、リリアはずっと見つめていてくれたのだ。
「颯太さんの料理には、人の心を温める力がある。それは魔法以上の奇跡だと、私は思います。そして……その優しさに触れるたび、私の心も温かくなりました」
リリアは立ち上がると、颯太の前に歩み寄った。
「私、颯太さんと一緒にいると、本当の自分でいられるんです。人見知りな私でも、料理の話をしている時は自然に笑顔になれる。それは、颯太さんが私のことを受け入れてくれているからです」
颯太も立ち上がった。リリアとの距離が縮まると、彼女の真剣な表情がより鮮明に見えた。
「リリア、君の気持ち……とても嬉しい」
颯太は自分の心と向き合った。リリアへの気持ち、それは確かに特別なものだった。彼女の笑顔を見ると安らぎを感じ、彼女のために料理を作りたいと思う。それは、友情を超えた感情だった。
「僕も、君といると心が落ち着くんだ。君のために新しい料理を考えている時間が、とても幸せで……」
颯太は言葉を選びながら続けた。
「正直に言うと、僕も君のことを特別に思っていた。でも、自分にその資格があるのか分からなくて……」
「資格なんて関係ありません」リリアが首を振った。「大切なのは、お互いの気持ちです」
颯太はリリアの手を優しく取った。その手は温かく、微かに震えていた。
「リリア、僕も君を愛している」
その言葉が口を突いて出た瞬間、颯太は自分の本当の気持ちに気づいた。それは確かな愛情だった。
リリアの瞳に涙が浮かんだ。それは喜びの涙だった。
「本当ですか?」
「本当だよ。君がいない世界なんて、もう考えられない」
二人は見つめ合った。店内の時間が止まったように感じられた。
「これからは、僕たちとして歩んでいこう」颯太が言った。「一緒に、新しい料理を作っていこう」
「はい」リリアが微笑んだ。「私、颯太さんと一緒なら、どんな困難も乗り越えられます」
その時、奥の扉がそっと開いた。グランドとアーサーが顔を覗かせる。
「おや、良い雰囲気ではないか」グランドがにやりと笑った。
「失礼いたしました」アーサーが慌てて頭を下げる。
「いえ、大丈夫です」リリアが笑った。「皆さんにも報告したいことがありますから」
颯太も微笑んだ。仲間たちに囲まれて、リリアと歩む新しい人生。それは、きっと素晴らしいものになるだろう。
しかし、二人が知らないところで、新たな試練が静かに近づいていた。