城の崩壊が始まった瞬間、颯太は咄嗟に身を屈めた。天井から降り注ぐ石の破片が、まるで雨のように辺りに散らばっていく。
「エドワード!」
颯太は魔王に向かって叫んだ。しかし、エドワードはまるで石像のようにその場に立ち尽くしている。正気を取り戻したものの、長年蓄積された魔の力が失われた反動で、城全体の魔法的な結界が不安定になっているのだ。
「颯太!」
振り返ると、リリアが息を切らしながら駆け寄ってくる。その後ろからグランドとアーサーも姿を現した。
「みんな、どうして――」
「決まってるじゃないか」グランドが低く唸るような声で言った。「お前が一人で抱え込むような問題じゃない」
アーサーも剣を構えながら頷く。「我々は仲間だろう。一人の戦いなど、聖騎士として許すわけにはいかん」
リリアは颯太の手を握りしめた。「私たちも、一緒に料理を作りたいの。エドワード様のために」
颯太の胸に、温かいものがこみ上げてきた。そうだ、自分は一人じゃない。この仲間たちと出会ったからこそ、料理への情熱を取り戻すことができたのだ。
「ありがとう、みんな」颯太は深く息を吸った。「でも、ここは危険すぎる。城の崩壊を止めるには――」
「魔王様の心を完全に癒やすことができれば、魔の力も安定するはずです」リリアが真剣な表情で言った。「でも、それには私たち全員の想いが必要です」
その時、また大きな揺れが城を襲った。壁にひびが走り、床が割れ始める。時間がない。
「分かった」颯太は仲間たちを見回した。「みんなで料理を作ろう。エドワードが本当に必要としているものを」
四人は手分けして厨房の道具を集め始めた。グランドは力強い腕で重い鍋を運び、アーサーは几帳面に食材を整理していく。リリアは魔法で火を起こし、颯太は頭の中で献立を組み立てていた。
「何を作るんだ?」アーサーが尋ねる。
颯太は少し考えてから答えた。「家族の料理だ。エドワードが失ったもの、そして彼が本当に大切にしていたものを思い出させる料理を」
「それなら」リリアが控えめに口を開いた。「私、森の恵みを使った温かいスープの作り方を知っています。母が生きていた頃、よく作ってくれたんです」
「私も手伝わせてもらおう」グランドが言った。「古代の竜族に伝わる、心を癒やす香草の調合法がある」
アーサーも剣を置いて、エプロンを身に着けた。「騎士団で野営料理は得意分野だ。火加減なら任せろ」
四人は息の合った連携で料理を始めた。颯太が中心となって全体を指揮し、それぞれが自分の得意分野で力を発揮していく。
リリアが魔法で温めた鍋に、グランドが厳選した香草を入れる。アーサーが完璧な火加減でスープを煮込み、颯太が最後の味付けを施していく。
料理をしながら、颯太は仲間たちの横顔を見つめていた。リリアの真剣な眼差し、グランドの慎重な手つき、アーサーの規律正しい動き。みんな、エドワードのことを本気で心配している。
「颯太」リリアが静かに言った。「私、最初はとても人見知りで、誰とも話すことができませんでした。でも、あなたの料理に出会って、みんなと一緒にいることの素晴らしさを知りました」
グランドも重々しく頷いた。「私は長い間、一人で生きてきた。仲間というものがどういうものか分からなかった。だが、ここで過ごした時間が、私に教えてくれた」
「規律と誇りだけが騎士の全てだと思っていた」アーサーが振り返った。「しかし、お前たちと出会って、仲間を思いやる心こそが真の強さだということを学んだ」
颯太の目頭が熱くなった。「僕も同じだよ。一流シェフとしてのプライドを失って、料理への自信を完全に失くしていた。でも、みんなと出会えたから、また料理を愛することができるようになった」
スープが完成に近づいてきた。香りが厨房いっぱいに広がり、崩壊する城の中にも関わらず、温かい空気が流れている。
「これは僕たちの想いが込められたスープだ」颯太が言った。「家族の愛、仲間との絆、そして失ったものを取り戻す勇気。全てが入っている」
四人で完成したスープを持って、エドワードのもとへ向かった。魔王は依然として動かずにいたが、スープの香りが届くと、ゆっくりと顔を上げた。
「これは――」
「みんなで作りました」颯太がスープを差し出した。「あなたが大切にしていたもの、そして私たちが大切にしているもの。全てが込められています」
エドワードは震える手でスプーンを取った。一口、また一口と、ゆっくりと味わっていく。
スープを飲み終えると、エドワードの目から大粒の涙がこぼれ落ちた。しかし、それは悲しみの涙ではなく、何かを受け入れた安堵の涙だった。
「分かった」エドワードが立ち上がった。「私は一人じゃなかった。愛されていたし、今も愛されている」
その瞬間、城の崩壊が止まった。エドワードの周りに温かい光が宿り、魔の力が穏やかに安定していく。
「ありがとう」エドワードが四人に向かって深く頭を下げた。「君たちが教えてくれた。真の強さとは、一人で背負うことではなく、仲間と分かち合うことなのだと」
颯太は仲間たちと顔を見合わせた。みんな、同じ想いでいることが分かった。料理の力、そして何より仲間との絆が、また一つの奇跡を生み出したのだ。
しかし、これで全てが終わったわけではなかった。エドワードの表情に、まだ何かやり残したことがあるような影が見えたのだ。