その首は、妙に穏やかな顔をしていた。

 首桶の蓋を開けた瞬間、目付役の坂倉伝兵衛は思わず眉を上げた。逆賊の首というものは、たいていひきつり、歯をむき出し、恐怖か怒りのどちらかを貼りつかせているものだ。しかしこの首は、まるで昼寝から覚めたばかりの子供のように、静かに目を閉じていた。

「相違ないか」

 伝兵衛は傍らに控える男に問うた。男の名は弥助。お尋ね者の旧友であり、今回の密告者である。藩から与えられた報奨金の重さを、すでに両手で確かめていた。

「……はい。間違いなく、幼馴染の徳次郎にございます」

 弥助の声は震えていた。伝兵衛はそれを罪悪感と解釈した。裏切りの苦みを噛みしめているのだろう、と。

 検分は終わった。伝兵衛は帳面に書き付けをして、立ち上がろうとした。

 そのとき、弥助がぽつりと言った。

「旦那様、一つだけお聞きしてよろしいですか」

「何だ」

「徳次郎は……最後に何か申しておりましたか」

 伝兵衛は少し考えた。処刑場で罪人が遺した言葉を、目付役が密告者に伝える義理はない。しかし何かが、彼の口を動かした。

「笑っておったよ」と伝兵衛は言った。「縄をかけられながら、ずっと笑っておった。気味の悪い男だった」

「そうですか」

 弥助は首桶をもう一度だけ覗き込んだ。そして静かに蓋を閉めた。

「旦那様、一つだけ申し上げてよろしいですか」

「さっきもそう言ったな」

「徳次郎の左耳の下には、大きな黒子がございます」

 伝兵衛の手が止まった。

「……確かめてみてください」

 蓋を開ける。首を持ち上げ、左耳の下を見る。

 何もない。滑らかな肌があるだけだ。

 伝兵衛はゆっくりと弥助を見た。弥助は報奨金の包みを静かに板間に置いた。

「私はこのお金を、受け取るわけにはいきません」

 長い沈黙が落ちた。

「では」と伝兵衛はようやく口を開いた。「密告したのは、お前ではないということか」

「いいえ」弥助は首を振った。「密告したのは、確かに私にございます」

 伝兵衛の頭の中で、何かがゆっくりと組み替わっていった。笑いながら縄をかけられた男。穏やかすぎる死に顔。そして今、目の前に立つ男の、どこか晴れ晴れとした表情。

「お前は……徳次郎に、逃げろと知らせたのか」

 弥助は答えなかった。ただ、深く頭を下げた。

 伝兵衛は帳面を閉じた。首桶の蓋を閉じた。そして、何も書かなかった。

 翌朝、弥助は姿を消していた。

時代小説

首実検

鏑木霜介

2026-05-27

一覧へ
首実検 - ショートショート | 福神漬出版