竜は嘘をつかない。これは竜使いの間では常識だった。
老人のカルロスは三十年間、竜のアスタを使役してきた。アスタは翼を持たない小さな竜で、灰色の鱗に覆われ、片目が潰れていた。その潰れた目は、カルロスが若い頃に起こした事故の痕だ、と彼は弟子たちに語って聞かせた。
「師匠、アスタに願いを叶えてもらう方法を教えてください」
今日も若い弟子のミラが尋ねてきた。カルロスは薪をくべながら首を横に振った。
「竜は命令を聞かん。ただ、真実だけを映す」
ミラは首を傾げた。カルロスは続けた。
「アスタの前で心の底から願えば、その願いが本物かどうかが分かる。本物の願いだけが、世界に刻まれる」
アスタは隅の石台に伏せ、潰れた目をこちらに向けたまま微動だにしない。
ミラは膝をついてアスタの前に座り、目を閉じた。長い沈黙ののち、竜の喉が低く鳴った。
「叶った、ということですか」とミラが訊いた。
「さあな」とカルロスは言った。「竜は結果を教えない。ただ聴くだけだ」
ミラは不満そうに立ち上がり、その日は帰った。
夜、カルロスは一人でアスタの前に座った。
「お前が何を映しているか、私にはとっくに分かっている」
アスタは動かない。
カルロスは若い頃の記憶を思い出した。師匠の竜だったアスタを、力ずくで奪った夜のことを。師匠は竜を取り返そうとして、深手を負った。アスタの目を潰したのは、師匠ではなく、カルロス自身の杖だった。
「だから私はお前の前では願わない。三十年間、一度も」
竜は嘘をつかない。だからこそ、真実を知られたくない者は、決して竜の前で願わない。
老人は立ち上がり、蝋燭を吹き消した。
暗闇の中で、アスタの潰れていないほうの目が、静かに光っていた。
その目は今夜も、ずっと、老人を見ていた。