地図が終わる場所に、男は立っていた。

 探検家の梶浦は三十年間、世界の「空白」を埋め続けた。アマゾンの支流、チベットの高原、砂漠の底。彼の仕事は単純だった。誰も行っていない場所へ行き、そこに何があるかを記録する。地図に名前を書き込む。それだけだ。

 今回の依頼は奇妙だった。

「座標だけ渡す」と依頼人の老人は言った。「そこへ行って、見てきてほしい」

「何が目的ですか」

「確認だ」

 老人はそれ以上、何も言わなかった。報酬は破格だった。梶浦は受けた。

 座標が示したのは、南太平洋の小島だった。どの地図にも載っていない。衛星写真にも映っていない。それ自体は珍しくない。世界にはまだ、人間の目が届いていない場所がある。

 島は美しかった。白い浜。青い木々。鳥の声。梶浦はGPSで現在地を確認し、ノートに描き始めた。岬の形、岩礁の位置、川の流れ。三日間かけて島を一周した。

 四日目、浜に戻ったとき、足跡があった。

 自分のものではない。サイズが違う。しかもそれは、内陸から海へ向かっていた。つまり、誰かが海から上がり、内陸へ入り、また戻った跡だ。

 梶浦は足跡を追った。林の奥に、小さな石積みがあった。意図的に積まれた石。自然ではありえない形。彼はその場にしゃがみ、カメラで撮影した。

 その夜、無線で老人に報告した。

「島があった。誰かいた形跡もある」

「足跡のサイズは」

 妙な質問だった。梶浦はノートを確認した。「二十四センチほどです」

 沈黙が続いた。

「引き返してください」と老人は言った。「今すぐ」

「なぜ」

「あなたが最初にそこへ行った人間である必要があったんです」

 梶浦は意味が分からなかった。しかし老人の声に、聞いたことのない種類の焦りがあった。彼は翌朝、島を離れた。

 帰国して二週間後、老人に呼ばれた。

「残念でした」と老人は静かに言った。「もう少し早ければ」

「何の話をしているんですか」

「あの島は、誰かが最初に踏んだ瞬間から、存在し始める場所なんです」

 梶浦は黙って老人を見た。

「あなたが着く三日前に、別の人間がいた。だから今、あの島は彼の島になった」

「馬鹿げている」

「ええ」と老人は頷いた。「でも地図の端というのは、そういうものです」

 梶浦はホテルに戻り、ノートを開いた。足跡のページ。二十四センチ。

 彼は自分のブーツのサイズを思い出した。

 二十四センチだった。

冒険

地図の端

久我山透

2026-05-16

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