書店の奥で、老人が最後の本を手に取った。
「これで在庫は空になります」店主が言った。「明日から電子書籍専門店に改装です」
老人は小さくうなずき、レジに向かった。手にしているのは詩集だった。薄い装丁で、作者の名前も聞いたことがない。
「紙の本がお好きなんですね」店主が微笑んだ。
「昔からね。画面では味わえない感触がある」
老人は丁寧に代金を支払い、本を大切そうに抱えた。
外に出ると、街角のあちこちでデジタル看板が点滅している。人々は皆、手のひらの画面を見つめながら歩いていた。
老人は公園のベンチに座り、詩集を開いた。ページをめくる音が夕暮れに響く。風が吹いて、紙の匂いが漂った。
一篇目を読み終えた時、老人の目に涙が浮かんだ。美しい詩だった。心に響く言葉の連なり。
二篇目、三篇目と読み進めるうちに、老人の手が震え始めた。
最後のページに辿り着いた時、老人は静かに本を閉じた。
翌朝、公園で老人が倒れているのを清掃員が発見した。手には詩集が握られていた。救急隊員が駆けつけたが、すでに息絶えていた。
その日の夕方、ニュースが流れた。
「本日午前、市内で最後の紙書籍読者が死亡しました。これにより人類の識字率は正式にゼロパーセントとなり、文字廃止法の完全施行が可能となります」