祖父の羅針盤が指す方角は、常に北から十二度ずれていた。

 「この羅針盤は壊れているんですか」と尋ねた時、祖父は首を振った。「これは正確だ。ただし、普通の北を指していないだけだ」

 祖父の死後、遺品整理で羅針盤を手にした私は、その言葉の意味を確かめようと決めた。アマゾンの奥地でトレジャーハンターをしている友人の田中に頼み、現地での探索に同行させてもらうことにした。

 「君の祖父さんの話は有名だよ」田中は言った。「戦時中、ビルマで部隊が全滅した時、一人だけ生還したんだろう」

 私は頷いた。祖父は詳しく語らなかったが、仲間を置いて逃げたという負い目を生涯背負っていたようだった。

 ペルーの遺跡近くで、私は祖父の羅針盤を取り出した。針は相変わらず真北から十二度ずれた方角を指している。

 「試しに、その方向に歩いてみようか」田中が提案した。

 我々は羅針盤の示す方向へ向かった。三十分ほど歩くと、草むらに何かが埋もれているのが見えた。掘り起こしてみると、それは日本軍の軍用水筒だった。

 田中が息を呑んだ。「これ、まだ新しいぞ」

 水筒には製造番号の下に小さく「M.K.」と刻まれていた。祖父のイニシャルと同じだった。

 「おい、これを見ろ」田中が震え声で言った。水筒の側面に貼られた紙片には、几帳面な文字でこう書かれていた。

 『もし誰かがこの羅針盤を持ってここに来たなら、私はまだこの場所にいる』

 私は周囲を見回した。草むらに、白い骨らしきものがいくつか散らばっている。

 「君の祖父さんは」田中がささやいた。「一人で逃げたんじゃない」

 羅針盤をもう一度見ると、針は今度は真北を指していた。

冒険

羅針盤

川島雅人

2026-05-03

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羅針盤 - ショートショート | 福神漬出版