息子の成績表を見て、妻が満足そうにうなずいた。

 「また全科目満点ね。優秀な子に育ったわ」

 リビングの壁には、息子の賞状がずらりと並んでいる。市内の模擬試験で一位、県の科学コンクールで金賞、全国作文コンクールで最優秀賞。どれも完璧な成果だった。

 「お疲れさま。今日はゲームを三十分まで許可するわ」

 妻が息子に声をかけると、息子は機械的にお辞儀をした。

 「ありがとうございます、お母さん」

 感情のこもらない声だった。だが、これが普通なのだ。感情の起伏は学習効率を下げるとされている。

 夕食の準備をしながら、妻が呟いた。

 「隣の田中さんちの子は、また問題を起こしたそうよ。教師に反抗したって」

 「自然児は困りものだな」

 私は新聞に目を落とした。一面には「教育革命から十年、犯罪率ゼロを達成」の見出しが躍っている。

 十年前、政府は画期的な教育制度を導入した。すべての子どもに理想的な人格と能力を植え付ける技術。反社会的な思考や感情は事前に取り除かれ、社会にとって最適な人材が育成される。

 息子はリビングで静かにゲームをしていた。決して大声を出さず、決して夢中になりすぎない。時間がくれば自分で電源を切る。

 完璧な子どもだった。

 寝る前、息子の部屋を覗いた。彼はベッドで本を読んでいる。

 「お父さん」

 息子が振り返った。その瞳には、どこか空虚な光があった。

 「僕は、いつから僕になったんですか」

 私は言葉に詰まった。

 息子は本を閉じ、枕に頭を預けた。

 「おやすみなさい、お父さん」

 電気を消して部屋を出る時、ふと気づいた。息子が読んでいた本のタイトルを。

 『施術前の記録 田中太郎』

 それは息子の、以前の名前だった。

ディストピア

理想の子育て

川端純一

2026-05-01

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理想の子育て - ショートショート | 福神漬出版