船長は今日も操縦室で独り言を呟いている。
「風速十二メートル、南西の風。天候良好。」
私は船員として、もう三年間この船に乗っている。船長の几帳面さには頭が下がる。毎日欠かさず航海日誌を書き、気象データを記録し続けている。
「船長、コーヒーをお持ちしました。」
「ああ、ありがとう。今日も順調だ。予定通り明日の夕方には港に着くだろう。」
船長は満足そうに頷いた。確かに今回の航海も実に順調だった。積み荷に問題はなく、機関も絶好調。天候にも恵まれている。
甲板に出ると、水平線が美しく輝いていた。
「いい眺めですね。」同僚のタナカが声をかけてきた。
「ええ。こんな穏やかな航海は珍しいですよ。」
「船長も機嫌がいいみたいですしね。さっきも『順調、順調』って呟いてました。」
私たちは笑い合った。
夕食の時間、船長は相変わらず航海日誌とにらめっこしている。
「船長、たまには日誌を休んで、私たちと食事でもいかがですか?」
「いや、これは大切な仕事だからな。記録は正確でなければならない。」
船長は律儀に文字を書き続けた。その几帳面さが、この船の安全を支えているのだ。
翌朝、私は早めに起きて甲板の掃除をしていた。すると港が見えてきた。予定通りだ。
「船長、港が見えました!」
操縦室に向かって声をかけたが、返事がない。
中を覗くと、船長は机に向かって航海日誌を書いている。
「船長?」
近づいて肩に触れた瞬間、船長の体が崩れ落ちた。
冷たくなった手が握っているペンの先には、同じ文字が何百行も続いていた。
「風速十二メートル、南西の風。天候良好。風速十二メートル、南西の風。天候良好。」
この三日間、船は無人で漂流していたのだ。