今夜も三号室のベッドがきしんでいる。
看護師の田中は廊下で足を止め、時計を確認した。午前二時十五分。消灯時刻をとうに過ぎているのに、なぜあの患者は眠らないのだろう。
「また始まったわね」
同僚の山田が溜息をついた。彼女もその音に悩まされていた。
「注意しに行く?」
「いえ、やめておきましょう。あの方、神経質だから」
三号室の患者は入院して一週間になる。六十代の男性で、昼間は物静かな紳士だった。だが夜になると様子が変わる。ベッドで何度も寝返りを打ち、金属製のフレームを軋ませる。
翌朝、田中は恐る恐る尋ねた。
「昨夜はよく眠れましたか?」
男性は穏やかに微笑んだ。
「ええ、おかげさまで。とても静かな病院ですね」
田中は首をかしげた。あれほど音を立てていたのに、本人に自覚がないのだろうか。
その夜も、また次の夜も、きしみ音は続いた。他の患者から苦情が出始める。
「三号室がうるさくて眠れません」
「あの音、何とかならないの?」
看護師長が業を煮やした。
「今夜、直接注意しなさい」
午前二時、田中は意を決して三号室のドアをノックした。返事がない。そっと扉を開ける。
薄明かりの中、男性は静かに眠っていた。寝息も規則正しい。だがベッドは激しく軋んでいる。
田中は困惑した。眠っている人がなぜこれほど音を立てるのか。
翌日、彼女は男性のカルテを詳しく調べた。入院理由は定期検査。特に問題はないはずだった。だが最後のページに、小さく書かれた一行を見つける。
「前回入院時、同室患者との間にトラブルあり」
田中は看護師長に確認した。
「ああ、あの件ね」看護師長は眉をひそめた。「五年前のことよ。三号室で患者同士の口論があって、一人が心臓発作を起こしたの。そのまま亡くなってしまった」
「亡くなったのは?」
「今の患者さんよ。その後、なぜか毎年同じ時期に検査入院を希望されるの」
田中の血が凍った。今夜も三号室からきしみ音が響いてくる。だが今度は、二つのベッドが軋んでいるように聞こえた。