代筆屋の善吉は、文字を書けぬ者たちの頼みで手紙を代筆する商売をしていた。
この日も、若い町娘のお雪が店にやってきた。
「故郷の母に手紙を書いてもらいたいのです」
お雪は涙ぐんでいる。善吉は慣れた様子で筆を取った。
「どのような内容で?」
「江戸での暮らしは順調で、心配いらないと。それから、近々良い縁談があるかもしれないと書いてください」
善吉は丁寧な女文字で手紙をしたためた。お雪は代金を払い、深々と頭を下げて去っていく。
翌月、また別の客がやってきた。中年の商人である。
「娘に手紙を書いてもらいたい」
商人は重い口調で続けた。
「江戸にいる娘のお雪という者に、母が病気で危篤だと伝えてほしい。すぐに帰ってこいと」
善吉は男文字で手紙を書いた。商人は礼を言って帰っていく。
その一週間後、お雪が再び現れた。顔は青ざめ、目は泣き腫らしている。
「母に最期の手紙を書いてもらいたいのです」
善吉は筆を構えた。
「お母上は間に合わなかったので?」
「はい。でも、せめて母の霊前に供える手紙を」
お雪の言葉に従い、善吉は母への感謝を込めた手紙を書いた。
お雪が去った後、善吉は帳面を眺めた。三通の手紙の記録が並んでいる。
ふと気になって、商人の住所を確認する。
翌日、善吉はその住所を訪ねた。近所の者に尋ねると、意外な答えが返ってきた。
「ああ、あの家の主人なら三年前に亡くなりましたよ。奥方も去年の暮れに」
善吉は背筋が凍った。
店に戻り、改めて帳面を見直す。商人の代金の欄を見て、善吉は震え上がった。
そこには何も書かれていなかった。