カセットテープが机の上に一本、置かれていた。
「これ、聞いてもらえる?」同僚の田中が言った。「昨夜、自宅で録音したんだけど、変な音が入ってるんだ」
私はヘッドフォンを装着し、再生ボタンを押した。最初に田中の声が聞こえる。「今夜も一人で夕食を取る。妻は先月から実家に帰ったままだ」
皿を洗う音、テレビの音声、椅子を引く音。日常の音が淡々と続く。
「ほら、この辺りから」田中が早送りした。
午後十時頃だろうか。田中のいびきが始まった。その奥で、確かに奇妙な音がしている。足音のようでもあり、何かを引きずる音のようでもある。
「泥棒じゃない?」私は言った。
「それが違うんだ。この音、二階から聞こえてくる。でも俺、一階のソファで寝てたんだよ」
確かに音は上方から響いている。規則的で、まるで誰かが部屋を歩き回っているようだ。
「警察に相談したら?」
「実は昨夜、確認しに行ったんだ」田中の顔が青ざめた。「二階には誰もいなかった。でも妻の部屋のクローゼットだけ、扉が開いてて」
テープは回り続ける。午前二時頃、音が止んだ。静寂が戻る。
「で、これが問題なんだ」田中が震え声で言った。「この後、俺が寝言を言ってるんだけど」
再生を続けると、確かに田中の声が聞こえてきた。ただし、内容が奇妙だった。
『ごめん、もう少し静かに歩くから』
私は背筋が凍った。田中を見ると、彼は首を振っている。
「俺、そんなこと言った覚えないんだ」
テープの最後に、もう一つ声が入っていた。女性の声で、か細く、優しかった。
『ありがとう。でももう大丈夫よ』
私はヘッドフォンを外した。田中が小声で呟く。
「妻の声に、そっくりなんだ」
その時、田中の携帯が鳴った。実家からだった。義母の泣き声が聞こえてくる。
「昨夜、娘が亡くなりました」