私の妻は、昨日から異常なまでに機嫌が良い。
朝から鼻歌を歌い、いつもより丁寧に朝食を作ってくれた。目玉焼きの黄身は完璧な半熟で、トーストの焼き加減も理想的だった。
「今日は何か良いことでもあるの?」と聞くと、妻は微笑んで「ただ、気分が良いだけよ」と答えた。
会社に向かう私を玄関まで見送り、「気をつけて行ってらっしゃい」と手を振る妻の姿が、なぜか妙に印象的だった。
職場でも運が良い日だった。プレゼンは成功し、上司からは珍しく褒められた。同僚の田中は「今日のあんたは光ってるよ」と冗談めかして言った。
昼食のカツ丼も美味く、午後の会議もスムーズに進んだ。帰り道では、久しぶりに会った大学時代の友人と立ち話をした。
「最近、顔色がいいな。何か良いことあった?」
友人の言葉に、私は妻の笑顔を思い浮かべた。
家に着くと、妻は私の好物のハンバーグを作って待っていた。食事中も上機嫌で、昔話に花を咲かせた。
「そういえば」と妻が言った。「明日、実家に帰ることにしたの」
「急だね。何かあったの?」
「いえ、ただ久しぶりに母に会いたくて」
妻の表情は相変わらず穏やかだった。
風呂上がり、妻は私の好きなコーヒーを入れてくれた。香りが部屋に漂い、私たちは無言でテレビを見た。
「今日は本当に良い一日だったね」と私が言うと、妻は小さくうなずいた。
「ええ。とても」
翌朝、私は目覚ましより早く目が覚めた。隣を見ると、妻の姿はなかった。枕元には手紙が置かれている。
便箋には丁寧な字で、感謝の言葉と別れの挨拶が綴られていた。最後にこう書かれていた。
「昨日は、あなたとの最後の一日を、完璧にしたかったのです」