時計修理店の店主は、客が持ち込んだ古い懐中時計を眺めて首をかしげた。
「これは珍しいですね。戦前の品でしょうか」
客の老人は無言でうなずいた。シミだらけの手が微かに震えている。
「針が逆回りしてしまうんです。直せますか」
店主は時計を耳に当てた。規則正しい音が聞こえる。
「機械は正常のようですが。ちょっと見せてください」
文字盤を覗き込むと、確かに長針が反時計回りに動いている。短針も同様だった。
「奇妙ですね。でも修理は可能です。三日ほどお預かりを」
老人は安堵の表情を浮かべた。
「お願いします。この時計だけは、正しく動いていてもらわないと」
翌日、店主は時計を分解した。歯車に異常はない。ゼンマイも問題なし。それでも組み立て直すと、針は逆回りを続けた。
二日目も同じだった。店主は首をひねりながら、何度も分解と組み立てを繰り返した。
三日目の夕方、老人が現れた。
「どうでしょうか」
「申し訳ありません。原因がわからないんです。でも一つ気づいたことが」
店主は時計を手渡した。
「この時計、本当は正常に動いているんです。逆に見えるのは、文字盤の数字が全て左右反転して刻印されているからです。鏡文字になっているんですよ」
老人の顔が青ざめた。
「つまり時間は正確に刻んでいる。ただし、この世界とは真逆の時間を」
老人は震え声で呟いた。
「やはり、あの日から時は戻り始めていたのか」