田中は同僚から羨ましがられていた。妻の手作り弁当が、それはそれは美味しそうだったからだ。
「奥さん、料理上手ですねえ」
「ええ、おかげさまで」
田中は胸を張った。三色弁当に卵焼き、きんぴらごぼう。彩り豊かで栄養バランスも完璧だ。
昼休みになると、田中の席には小さな人だかりができる。
「今日は何ですか?」
「唐揚げとひじきの煮物です」
同僚たちは感嘆の声を上げる。コンビニ弁当ばかりの彼らには、羨望の的だった。
ところが最近、田中の様子がおかしい。弁当を開ける時間が遅くなり、一人でこっそり食べるようになった。
「どうしたんですか?」
佐藤が心配そうに声をかける。
「いや、別に」
田中は曖昧に答えた。実は、妻の弁当に異変が起きていた。見た目は相変わらず美しいのに、味が妙にしょっぱかったり、甘すぎたりするのだ。
妻に聞いても「そんなことないわよ」と取り合ってくれない。
ある日、田中は思い切って弁当を佐藤に差し出した。
「よろしければ、一口どうぞ」
佐藤は遠慮がちに箸をつけた。そして、
「美味しいじゃないですか。いつも通り」
田中は首をかしげた。自分の味覚がおかしくなったのだろうか。
翌日も、その次の日も、田中には妻の弁当の味が変に感じられた。しかし同僚たちは「美味しい」と言う。
不安になった田中は、ついに病院へ向かった。
「検査の結果、糖尿病ですね。かなり進行しています」
医師の言葉に、田中は愕然とした。
「味覚に異常が出るのも、この病気の症状の一つです。奥様の手料理、糖分控えめで塩分少なめでしょう?」
田中は頷いた。妻が何も言わずに、ずっと気遣ってくれていたのだ。
帰宅すると、妻が微笑んで言った。
「お疲れさま。明日のお弁当も、病院食のメニューを参考に作ったの」