証明写真機の前で、田中は三十分も悩んでいた。

 就職活動用の写真を撮るのだが、どうしても気に入らない。髪型、表情、角度。何度撮り直しても、どこか不自然に見えてしまう。

 「お困りですか」

 振り返ると、白衣を着た中年男性が立っていた。眼鏡の奥の目が優しく微笑んでいる。

 「実は、隣のビルで写真館を営んでおりまして。証明写真でしたら、プロの技術でお撮りしますよ」

 田中は迷った。街の証明写真機で四百円。写真館なら数千円はかかるだろう。

 「学生さんですね。特別に五百円で結構です」

 その親切に甘えることにした。

 写真館は古い雑居ビルの三階にあった。薄暗い廊下を歩きながら、田中は奇妙なことに気づく。他のテナントの表札が、すべて剥がされているのだ。

 「こちらです」

 スタジオは意外にも最新設備が整っていた。デジタルカメラ、プロ用照明、背景用のスクリーン。

 「では、こちらに座って」

 男性はカメラの前に立つ。レンズを覗き込みながら、細かく指示を出した。

 「もう少し顎を引いて。そう、完璧です」

 シャッターが切られた。

 「仕上がりまで十分ほどお待ちください」

 男性は奥の暗室に消えた。待っている間、田中は店内を見回す。壁に貼られた見本写真に目が止まった。

 どの写真も完璧だった。表情、角度、光の当たり具合。まるで同じ人物が撮ったかのような統一感がある。いや、よく見ると──

 全て同じ顔だった。

 微細な修正が施されているが、骨格、目の形、鼻筋。基本的な造形が全く同じなのだ。

 「お待たせしました」

 男性が戻ってきた。手には写真が四枚。

 田中は息を呑んだ。写真の中の自分は、見たことがないほど美しかった。欠点という欠点が消え去り、理想的な顔立ちになっている。

 「すごい技術ですね。デジタル修正でここまで」

 「ええ。お客様には必ず満足していただいております」

 男性の笑顔が、なぜか冷たく感じられた。

 「ありがとうございました」

 田中は五百円を払い、写真を受け取った。

 一週間後、田中の部屋を警察が訪れた。行方不明届が出されていたのだ。部屋には履歴書だけが残されていた。写真欄に貼られた証明写真は、警察官たちを困惑させた。

 それは、二年前から続く連続失踪事件の被害者たちと、全く同じ顔をしていた。

ホラー

完璧な証明写真

森野恭介

2026-04-02

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