午後十一時、最終便を待つ客は三人だけだった。
老人は手提げ袋を膝に置き、壁の時刻表を何度も見上げた。隣のベンチでは、黒いコートの女性がスマートフォンを握りしめている。そして私は、疲れ切った体を座席に預けていた。
「遅れてますね」老人が独り言のように呟いた。
女性が顔を上げる。「いつものことです。この路線、廃止が決まってるから」
「そうなんですか」
「来月で最後だって、運転手さんが言ってました」
私はふと、彼らの会話に違和感を覚えた。この路線を毎日使っているのに、廃止の話など聞いたことがない。
やがてバスが到着した。扉が開くと、運転手は振り返らずに言った。
「お疲れ様でした」
三人とも同時に乗り込む。料金箱に小銭を入れる音が、妙に大きく響いた。
老人が最前列に座った。「長い間、ありがとうございました」
女性も続けた。「本当に、お疲れ様でした」
運転手は黙ったまま発車させる。私だけが状況を理解できずにいた。
バスは街を抜け、見知らぬ道を進んだ。窓の外は深い闇が広がっている。
「あの」私は声をかけた。「どちらまで行かれるんですか」
老人と女性が振り返った。その表情に、深い悲しみが浮かんでいる。
「同じところです」女性が静かに答えた。
やがて終点に着いた。三人は降車した。運転手が最後に振り返る。
「また明日も、よろしくお願いします」
翌朝、新聞の訃報欄に三つの名前が並んでいた。