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群像劇

最終便

野原静雄 | 2026-04-01

午後十一時、最終便を待つ客は三人だけだった。

 老人は手提げ袋を膝に置き、壁の時刻表を何度も見上げた。隣のベンチでは、黒いコートの女性がスマートフォンを握りしめている。そして私は、疲れ切った体を座席に預けていた。

 「遅れてますね」老人が独り言のように呟いた。

 女性が顔を上げる。「いつものことです。この路線、廃止が決まってるから」

 「そうなんですか」

 「来月で最後だって、運転手さんが言ってました」

 私はふと、彼らの会話に違和感を覚えた。この路線を毎日使っているのに、廃止の話など聞いたことがない。

 やがてバスが到着した。扉が開くと、運転手は振り返らずに言った。

 「お疲れ様でした」

 三人とも同時に乗り込む。料金箱に小銭を入れる音が、妙に大きく響いた。

 老人が最前列に座った。「長い間、ありがとうございました」

 女性も続けた。「本当に、お疲れ様でした」

 運転手は黙ったまま発車させる。私だけが状況を理解できずにいた。

 バスは街を抜け、見知らぬ道を進んだ。窓の外は深い闇が広がっている。

 「あの」私は声をかけた。「どちらまで行かれるんですか」

 老人と女性が振り返った。その表情に、深い悲しみが浮かんでいる。

 「同じところです」女性が静かに答えた。

 やがて終点に着いた。三人は降車した。運転手が最後に振り返る。

 「また明日も、よろしくお願いします」

 翌朝、新聞の訃報欄に三つの名前が並んでいた。

614文字 | 完結
最終便 - ショートショート | 福神漬出版