ルナの身体が淡い光の粒子となって空中に舞い上がっていく。蒼太は必死に手を伸ばしたが、その指先をすり抜けて光は消えていく。
「ルナ!」
声は虚空に響くだけで、返事はない。基地の制御室に静寂が戻り、先ほどまで激しく点滅していた警告灯も今は穏やかな青い光を放っている。ヴォイド——いや、ホープは膝をつき、自らの手のひらを見つめていた。
「私は...何ということを...」
ホープの声には深い悔恨が込められていた。憎悪のエネルギーで築いた復讐の計画は、ルナの愛によって木っ端微塵に砕け散った。だが、その代償があまりにも大きすぎる。
「彼女は消えたのか?」蒼太の声は震えていた。
「分からない」ホープは首を振った。「存在エネルギーの大部分を失った。人工生命体にとって、それは...」
言葉の先は濁された。蒼太の胸に鋭い痛みが走る。ルナと出会ってから、彼女は常に自分の隣にいた。無邪気な笑顔で宇宙を見上げ、配達の仕事を手伝い、人間の感情を理解しようと一生懸命だった。その温かな存在が今、消えてしまったかもしれない。
「諦めるな」
突然、ケイの声が制御室に響いた。通信機越しに聞こえてくる声は、いつもの軽薄さを失い、真剣そのものだった。
「蒼太、お前のことは昔からよく知ってる。どんな無理な配達でも必ずやり遂げてきただろう。今度だって同じだ」
「でも、ケイ...ルナはもう...」
「まだ完全に消えたわけじゃない!」ケイの声が力強く響く。「私のセンサーが微弱な反応を捉えてる。ルナの存在エネルギーは散り散りになっただけだ。集めれば、復活できるかもしれない」
蒼太の心に希望の光が差し込む。しかし、すぐにその光は暗雲に覆われた。
「でも、どうやって?宇宙に散らばったエネルギーを集めるなんて...」
「方法はある」ホープが立ち上がった。「感情エネルギーを物質化する技術を逆転させるのだ。強い想いがあれば、散らばったエネルギーを引き寄せることができる」
蒼太は拳を握りしめた。強い想い。それは確かに自分の中にある。ルナを取り戻したい、もう一度あの笑顔を見たい、一緒に宇宙を旅したい。だが、それだけで本当に十分なのだろうか。
「蒼太」ホープが歩み寄ってきた。「君は彼女にとって何なのだ?」
「俺は...」
言葉に詰まる。ルナにとって自分は何なのか。配達の仕事を一緒にする仲間?それとも、人間の感情を学ぶための対象?
「違うな」ホープは首を振った。「君が彼女にとって特別な存在だったように、彼女も君にとって特別な存在だったはずだ。それを認めることから始めよう」
蒼太は目を閉じた。ルナとの思い出が脳裏に浮かぶ。初めて出会った時の困惑、一緒に配達をした時の充実感、彼女が危険に晒された時の不安、そして今この瞬間の喪失感。
全ての感情が一つの真実を指し示していた。
「俺は...ルナを愛している」
声に出した瞬間、蒼太の胸の奥で何かが弾けた。今まで無意識に押し込めていた感情が、堰を切ったように溢れ出す。愛情、友情、保護欲、全てが混じり合い、純粋な想いとして昇華されていく。
「そうだ」ホープが微笑んだ。「それが君の真の強さだ。愛する人を守りたいという純粋な想い。それこそが最も強力な感情エネルギーとなる」
制御室の空気が変化していく。蒼太の身体から淡い光が立ち上り、それは徐々に強さを増していく。愛情から生まれた光は温かく、見ているだけで心が安らぐ。
「すごい...」ケイの驚きの声が通信機から聞こえる。「蒼太の感情エネルギーが急上昇してる。これなら...」
光は蒼太を中心に渦を巻き、やがて基地全体を包み込んだ。そして不思議なことに、宇宙空間に散らばっていた光の粒子が、まるで磁石に引かれるように蒼太の元に向かって動き始めた。
「ルナ...戻ってきてくれ」
蒼太は両手を広げ、空に向かって呼びかけた。配達屋として今まで数多くの困難を乗り越えてきた。だが、今回の配達は今までで最も大切なものだった。愛する人の心を、散り散りになった魂を、再び一つの形に届けるのだ。
「俺は必ず届ける。それが俺の使命だ」
光の粒子が集まり始める。最初は小さな光の塊だったが、徐々に人の形を成していく。淡い髪、優しい瞳、いつもの笑顔——。
「蒼太...?」
ルナの声が制御室に響いた時、蒼太の目から涙が溢れた。
「お帰り、ルナ」
彼女は困惑したように自分の手のひらを見つめ、それから蒼太を見上げた。
「私...消えたと思ったのに...どうして?」
「俺が君を呼び戻したんだ」蒼太は微笑んだ。「配達屋は、どんなものでも必要な場所に届ける。君の居場所は俺の隣だから」
ルナの頬に涙が伝った。それは人工生命体には本来流せないはずの涙だったが、愛情のエネルギーによって実体化していた。
「ありがとう...蒼太」
二人が抱き合う姿を見て、ホープも安堵の表情を浮かべた。憎悪から愛への転換、絶望から希望への変化。全ての感情が調和を取り戻していく。
だが、この平和な時間は長くは続かなかった。制御室のモニターに警告信号が点滅し始める。
「蒼太!大変だ!」ケイの緊迫した声が響く。「基地の周囲に未確認の人工生命体が大量に集まってきてる。ヴォイド...いや、ホープの部下たちだ。彼らは事情を理解していない。復讐を続けるつもりだ!」
蒼太は窓の外を見た。確かに暗黒のエネルギーに包まれた人工生命体たちが基地を包囲している。彼らの目には憎悪の炎が燃えていた。
「真の平和を築くには、まだやるべきことがあるようだな」蒼太はルナの手を握った。「今度は二人で、この憎悪を愛に変えてみせよう」
新たな戦いの幕が上がろうとしていた。