廃棄物処理パイプの奥深くで、蒼太とルナは息を潜めて進んでいた。金属の管壁が体温で温まり、二人の鼓動だけが静寂を刻んでいる。
「もう少しで分岐点です」
ルナの声が小さく響く。彼女の体が淡く発光しているおかげで、真っ暗闇の中でも進路を確認できた。蒼太は額に滲む汗を拭いながら、ルナの後を追い続けた。
突然、ルナの動きが止まった。
「どうした?」
「何か……感じます。とても重い感情が」
蒼太には何も感じられなかったが、ルナの表情が曇っているのがわかった。人工生命体である彼女は、人間の感情を敏感に察知する能力を持っている。
「エコーのことか?」
「いえ、もっと古い感情です。長い間、この施設に蓄積された……」
ルナの言葉が途切れた瞬間、蒼太の頭に激痛が走った。
――孤独だ。誰も理解してくれない。
――なぜ僕たちは存在してはいけないのか。
――人間たちは僕たちを道具としか思っていない。
次々と溢れ出す感情の奔流に、蒼太は呻き声を上げた。それは彼自身の感情ではなく、この施設に収容された人工生命体たちの心の叫びだった。
「蒼太!」
ルナが慌てて振り返るが、蒼太の意識は感情の海に沈んでいく。
絶望。怒り。悲しみ。そして深い孤独感。
人工生命体たちが感じ続けてきた重い感情が、蒼太の心に雪崩込んでいた。それは彼らが人間から受け取り、背負い続けてきた負の遺産だった。
「これが……君たちの背負っているものなのか」
蒼太は震える声で呟いた。人間が感情を物質化する技術を使うとき、そこから生まれる人工生命体は、その感情を永続的に背負い続ける。喜びや愛から生まれた者もいれば、憎悪や絶望から生まれた者もいる。そして、その重みに耐えながら生き続けているのだ。
「蒼太、大丈夫ですか?」
ルナの手が蒼太の額に触れる。その瞬間、痛みが和らいだ。
「君も……こんな重いものを背負って生きているのか」
「私は孤独から生まれました。でも今は違います」
ルナの瞳が優しく微笑む。
「蒼太と出会って、ケイと友達になって、仲間ができました。孤独ではありません。感情の重さも、分かち合えば軽くなるんです」
蒼太は深く息を吸った。人工生命体たちが背負う感情の重さを、ほんの一瞬体験しただけで、これほどまでに苦しかった。それを何年も、何十年も背負い続ける彼らの気持ちを思うと、胸が締め付けられる。
「エコーを必ず助ける」
「はい」
二人は再び前進を開始した。分岐点を過ぎると、微かな光が見えてきた。施設の内部に繋がる換気口だった。
ルナが慎重に格子を外し、二人は施設内部に滑り降りた。そこは薄暗い廊下で、壁には無数のモニターが並んでいる。各画面には人工生命体たちの生体データが表示されていた。
「研究棟ですね」
「エコーはどこにいる?」
「もう少し奥です。でも……」
ルナの表情が再び曇った。廊下の向こうから、重い足音が近づいてくる。
「警備ロボットです。隠れましょう」
二人は近くの研究室に身を潜めた。部屋の中には大きなカプセルがいくつも並んでおり、その中で人工生命体たちが眠っている。いや、眠っているのではない。感情を抑制する薬剤によって、意識を封じられているのだ。
「ひどい……」
蒼太の拳が握りしめられる。カプセルの中の人工生命体たちは皆、苦しげな表情を浮かべていた。夢の中でも、背負った感情の重みから逃れることはできないのだろう。
「政府は彼らを研究材料としか見ていません」
ルナの声に怒りが混じる。
「感情を物質化する技術をより効率的に利用するために、私たちの反応を調べ続けているんです」
警備ロボットの足音が遠ざかったのを確認し、二人は再び廊下に出た。奥へ進むにつれて、感情の重圧が増していく。収容されている人工生命体の数が多くなっているのだろう。
やがて、最も奥の部屋に辿り着いた。そこには「特別管理区域」と書かれたプレートがあり、厳重な電子ロックが施されている。
「ここです。エコーがいるのは」
ルナが確信を込めて言った。蒼太はケイから渡された解除装置を取り出し、ロックに当てる。数秒後、重い扉が静かに開いた。
部屋の中央に、一つだけカプセルが置かれている。その中には、小さな少女の姿があった。エコーだった。
「エコー!」
蒼太は駆け寄ろうとしたが、ルナが腕を掴んで止めた。
「待って。何かおかしいです」
確かに、この部屋だけ異様に静かだった。他の人工生命体たちから感じられた感情の重圧がない。
「まるで、感情そのものが抜き取られているようです」
ルナの言葉に、蒼太の背筋が凍った。政府はエコーに何をしたのか。
その時、部屋の奥から声が響いた。
「ようこそ、橘蒼太。そしてルナ」
振り返ると、白衣を着た男性が立っていた。政府の研究者だろう。
「君たちを待っていた。特に君のことをね、ルナ。孤独から生まれた完全体である君の感情データは、我々にとって貴重な研究材料なのだ」
「逃げろ、ルナ!」
蒼太は研究者に向かって駆け出したが、突然全身に電流が走り、その場に倒れ込んだ。部屋の四隅に隠されていた電撃装置が作動したのだ。
「心配するな。君たちを傷つけるつもりはない。ただ、少し協力してもらうだけだ」
意識が朦朧とする中、蒼太は必死にルナの方を見た。彼女は震えながらも、エコーのカプセルの前に立ち、何かを見つめていた。
「エコーの感情が……消されています」
ルナの声に絶望が滲む。
「そうだ。感情を完全に抽出し、純粋な力だけを取り出す実験の成功例だ。次は君の番だ、ルナ」
研究者が機械を操作すると、ルナを拘束する装置が天井から降りてきた。
「やめろ……」
蒼太は這いつくばりながらも、必死に手を伸ばす。先ほど体験した人工生命体たちの感情の重さを思い出しながら、彼は心の中で叫んだ。
――繋がりとは、重みを分かち合うことなのか。