朝の光が青嵐食堂の窓から差し込む中、颯太は昨夜の出来事を思い返していた。謎の白いローブの女性の言葉が頭から離れない。「愛こそ最後の調味料」—その意味を考えながら、いつものように朝食の準備を始めた。
厨房で野菜を刻んでいると、異世界への扉が開いた。リリアが慌てた様子で飛び込んできた。
「颯太さん!大変です!」
「どうした?」
「魔王軍の進軍速度が予想以上に速いんです。あと二週間足らずで王都に到達してしまう可能性が......」
颯太の手が止まった。光の小麦粉作りに成功したとはいえ、浄化の聖餐の完成にはまだ時間がかかる。そんな中、グランドとアーサーも続けて姿を現した。
「颯太よ、状況は芳しくない」グランドが低い声で言った。「王国軍では対処しきれぬ規模だ」
アーサーが剣の柄に手を置きながら口を開く。「颯太殿、申し上げにくいことだが......もはや料理だけでは間に合わないのではないか」
「え?」颯太が振り返る。
「魔王討伐は我々の手で行うべきかもしれません。聖剣と古代魔法、そして聖騎士の力を合わせれば—」
「待ってください」リリアが割り込んだ。「浄化の聖餐こそが最も確実な方法のはずです。魔王を倒すのではなく、救うのが—」
「救う?」アーサーの眉が寄った。「リリア殿、理想論では民を守れません。現実を見なければ」
空気が張り詰めた。颯太は二人の間に立ちながら、どう言葉をかけていいか分からなかった。
「アーサー、リリアの言うことも一理ある」グランドが仲裁に入る。「だが確実性を考えれば—」
「グランドさんまで!」リリアの目に涙が浮かんだ。「料理の力を信じてくれていたのに」
「信じているさ。だが時間が足りない」
その後も議論は平行線を辿った。アーサーとグランドは武力による討伐を、リリアは料理による浄化を主張して譲らない。颯太は板挟みになり、ただ黙って聞くことしかできなかった。
結局、その日の話し合いは何の結論も出ないまま終わった。
翌日から、食堂の雰囲気は一変した。アーサーとグランドは武器の手入れや戦術の検討に時間を費やし、リリアは一人で浄化の聖餐の研究に没頭した。以前のような和やかな食事風景は消え失せてしまった。
「兄さん、大丈夫?」
夕方、咲良が心配そうに声をかけた。颯太は疲れた表情でカウンターに肘をついていた。
「どうしたらいいか分からないんだ」颯太がぽつりと漏らす。「みんな間違ったことを言ってるわけじゃない。でも......」
「でも?」
「俺にはリーダーとしての資格がないんじゃないかって思うんだ。こんな時にまとめることができない」
咲良は兄の肩に手を置いた。「兄さんがいなければ、みんなここに集まることもなかった。それだけで十分だと思うけど」
その夜、颯太は一人で厨房に立っていた。光の小麦粉を使った試作を続けながら、何か打開策はないかと考えていた。そこにリリアが現れた。
「颯太さん......お疲れ様です」
「リリア、君も遅いな」
「眠れなくて」彼女は悲しそうに微笑んだ。「アーサーさんたちと仲違いしてしまって......」
「仲違いじゃない。みんな同じ目標を目指してるんだ」
「そうでしょうか」リリアが首を振る。「私、もしかして間違ってるのかもしれません。現実逃避してるだけなのかも」
颯太は手を止めて振り返った。「そんなことない。君の想いは正しい。でも—」
「でも、時間がない」
沈黙が流れた。二人とも答えを見つけられずにいた。
翌朝、事態はさらに悪化した。アーサーがグランドに向かって言い放った。
「もう待てません。今日にでも魔王討伐に向かいます」
「一人でか?」グランドが眉をひそめる。
「必要なら一人でも」
「無謀だ」
「無謀でも、何もしないよりはましです」
リリアが立ち上がった。「アーサーさん、お願いです。もう少しだけ時間を—」
「時間はないのです!」アーサーが声を荒らげた。「リリア殿は分かっておられない。戦場の現実を」
「現実って......」リリアの声が震えた。「みんなを救いたいという気持ちは現実じゃないんですか?」
「気持ちだけでは人は救えません」
その言葉にリリアは涙を浮かべて席を立った。
「リリア!」颯太が呼び止めようとしたが、彼女は異世界への扉へ向かってしまった。
アーサーも剣を取ると立ち上がった。「失礼します。準備がありますので」
食堂に残ったのは颯太とグランドだけだった。
「グランド......」
「すまない、颯太」古代ドラゴンが重々しく口を開いた。「私にもどうすることもできん」
颯太は深いため息をついた。仲間たちがバラバラになっていく様子を見ているのが辛かった。自分がリーダーとして何かできることはないのか。でも何をすればいいのか分からない。
昼過ぎ、一人で光の小麦粉を練っていると、咲良が厨房に入ってきた。
「兄さん、お客様です」
「お客様?」
ホールに出ると、見慣れない老人が座っていた。白い髭を蓄え、穏やかな笑顔を浮かべている。
「初めまして。私、異世界からお邪魔させていただきました。賢者のユリウスと申します」
「賢者の......」颯太が驚く。
「お噂はかねがね。浄化の聖餐に挑戦されているとか」
「はい、でも......」颯太が俯く。「仲間たちと意見が分かれてしまって」
ユリウスがゆっくりと頷いた。「なるほど。武力派と料理派に分かれたのですね」
「ご存じなんですか?」
「よくあることです」老人が温かい笑顔を見せた。「正義感が強い人ほど、自分の信念を曲げられない。でも—」
「でも?」
「真の強さとは、異なる意見を受け入れることかもしれませんね」
颯太はハッとした。確かに自分は仲裁しようとするばかりで、それぞれの意見の価値を認めることができていなかった。
「どちらが正しいとか間違いとかではなく......」颯太がつぶやく。
「そうです。どちらも必要なのかもしれません」
その時、食堂の扉が勢いよく開いた。リリアが息を切らして飛び込んできた。
「颯太さん!魔王軍が......予定より早く進軍を開始しました!」
「何だって?」
「あと一週間で王都に......」
ユリウスが立ち上がった。「ほう、それは由々しき事態ですな」
颯太の心臓が激しく鐘を打った。時間切れが迫っている。しかし仲間たちはバラバラのままだ。
この絶体絶命の状況で、颯太はどんな決断を下すのだろうか。