青嵐食堂から北の遺跡へ向かう一行が次に足を向けたのは、聖騎士の城塞都市カルデアだった。白い石造りの城壁が朝日に照らされ、神々しいまでの美しさを放っている。
「久しぶりだな」
アーサーが呟いた声には、どこか複雑な感情が滲んでいた。颯太は彼の横顔を見つめながら、これまでアーサーが故郷について多くを語らなかった理由を察していた。
「アーサー様、お帰りなさいませ!」
城門で出迎えたのは、アーサーと同じ聖騎士の装束に身を包んだ若い男性だった。しかし、その表情には安堵と同時に、どこか切迫したものが浮かんでいる。
「エドワード、久しぶりだな。皆の様子はどうだ?」
「それが……団長がお戻りになるのをお待ちしておりました。例の件で、騎士団内部に動揺が広がっています」
エドワードの言葉に、アーサーの表情が一瞬強張った。颯太たちは黙って二人のやりとりを見守る。
「分かった。まずは同行者を宿舎に案内してくれ。私は団長に報告に行こう」
「アーサー」
颯太が声をかけると、アーサーは振り返った。その瞳には、いつもの誇り高い騎士の輝きとは違う、重い影が宿っている。
「何か手伝えることがあったら、遠慮せずに言ってくれ。俺たちは仲間だろう?」
アーサーは一瞬驚いたような表情を見せ、それから小さく微笑んだ。
「ありがとう、颯太。だが、これは私が向き合わねばならない問題だ」
一行は騎士団の宿舎に案内され、アーサーは団長室へと向かった。しかし、夕方になっても彼は戻ってこない。
「アーサーの奴、大丈夫かな」
ガルスが心配そうに呟く。彼らは食堂で簡単な夕食を取りながら、アーサーの身を案じていた。
「聖騎士の世界も複雑なのね」
ルーナが溜息をつく。妖精である彼女には、人間社会の政治的な問題は理解しがたい部分があった。
「アーサーは責任感が強すぎるんです」
リリアが小さな声で言った。
「きっと一人で抱え込もうとしているんですね」
その時、エドワードが宿舎を訪れた。彼の表情は朝よりもさらに暗い。
「申し訳ございません。アーサー様に代わり、私からご説明いたします」
エドワードが語った内容に、一同は息を呑んだ。
三年前、アーサーが率いる聖騎士隊は魔物討伐の任務に就いていた。しかし、情報に誤りがあり、想定をはるかに上回る強力な魔物の群れに遭遇。部下たちを守るため、アーサーは自らを囮にして魔物を引きつけた。結果として任務は成功したものの、アーサーは重傷を負い、何人かの部下も命を落とした。
「あの日から、アーサー様は変わられました」
エドワードの声は震えていた。
「より厳格に、より自分に厳しく。そして、誰にも心を開かれなくなったのです。今回、魔王復活の兆しが見え始めた時、一部の騎士たちがアーサー様の指揮能力に疑問を呈し始めました。あの時の判断ミスを蒸し返して」
「そんな……」
颯太の胸に怒りが込み上げた。命を張って部下を守った男を責めるなど、理不尽にもほどがある。
「アーサー様は今、団長や上層部と話し合いをされています。最悪の場合、騎士団を去ることになるかもしれません」
翌朝、颯太は一人で城の中庭にいるアーサーを見つけた。彼は剣の手入れをしながら、じっと空を見上げていた。
「おはよう、アーサー」
「颯太か。早いな」
アーサーの声には疲労が滲んでいた。きっと一睡もしていないのだろう。
「エドワードから聞いたよ」
颯太の言葉に、アーサーの手が止まった。
「そうか……恥ずかしい話だ。聖騎士として、指揮官として、私は失格なのかもしれない」
「そんなことはない」
颯太は断言した。
「お前は部下を守ったじゃないか。間違った情報で危険な目に遭わせてしまったとしても、それはお前の責任じゃない」
「だが、もっと慎重であれば……もっと的確な判断ができていれば……」
「アーサー」
颯太はアーサーの前に座り込んだ。
「俺も似たような経験がある。料理で失敗して、大切な人を失望させた。自分を責め続けて、料理から逃げ出した。でも、お前や皆と出会って分かったんだ。完璧な人間なんていない。大切なのは、失敗から何を学ぶかじゃないかな」
アーサーは颯太を見つめた。その瞳に、わずかな光が宿る。
「お前は……強いな、颯太」
「強くなんかないさ。でも、仲間がいるから立ち直れる。お前にだって、俺たちがいるじゃないか」
その時、グランドの巨大な影が中庭に現れた。続いてリリア、ガルス、ルーナも姿を見せる。
「アーサーよ」
グランドが威厳ある声で話しかけた。
「真の勇者とは、決して倒れない者ではない。倒れても立ち上がる者のことだ。そして、仲間を信じ、仲間に信じられる者のことだ」
「皆さん……」
アーサーの声が震えた。
「アーサー、私たちはあなたを信頼しています」
リリアが勇気を振り絞るように言った。
「あなたがいたから、私は勇気を持てるようになったんです」
「そうだぜ、騎士様」
ガルスが豪快に笑った。
「あんたの真っ直ぐさに惚れ込んだんだ。今更逃げられると思うなよ」
「商売人として言わせてもらうけど」
ルーナが腰に手を当てて言った。
「あなたほど信用できる取引相手はいないわ。それだけでも十分価値があるのよ」
アーサーは立ち上がり、深々と頭を下げた。
「皆、ありがとう。私は……私は恵まれているな」
その午後、アーサーは騎士団の会議に臨んだ。しかし今度は一人ではない。心の奥底に仲間たちの信頼を感じながら、堂々と自分の信念を語った。
結果として、アーサーは騎士団に留まることになった。過去の功績と人格を評価する声が、批判的な意見を上回ったのだ。
「本当に良かったです」
エドワードが安堵の表情を浮かべている。
「でも、一番変わったのはアーサー様ご自身かもしれませんね。以前より、ずっと穏やかな表情をされています」
夕食の席で、颯太は特製の騎士団風シチューを作った。故郷の味を再現しつつ、新しい要素を加えた一品だった。
「これは……」
アーサーが驚いたような表情を見せる。
「懐かしい味だが、どこか違う。より深く、より温かい」
「過去は大切にしながらも、新しい未来を作っていこうって意味を込めたんだ」
颯太の言葉に、アーサーは深く頷いた。
「颯太、お前という料理人に出会えて、本当に良かった」
翌日、一行は遂に北の遺跡へと向かうことになった。アーサーの故郷での出来事を通じて、彼らの絆はより一層深まっていた。
だが、遺跡へ向かう道中で、彼らは予想もしなかった事態に遭遇することになる。魔王復活の兆しは、もはや隠しきれないほど明確になっていたのだ。