翌朝、時層図書館に響いたのは晴明の緊迫した声だった。

「陽菜殿、緊急事態だ」

 陽菜は慌てて椅子から立ち上がった。昨夜は遅くまで図書館の修復作業を手伝っていたため、まだ眠気が残っていたが、晴明の表情を見て一気に目が覚めた。

「どうしたの、晴明さん?」

「平安京に時喰いが現れた。それも、これまでとは比較にならぬ規模でな」晴明の手には、薄く光る和紙が握られている。「私の時代の同胞からの緊急連絡だ。藤原道長殿をはじめとする重要人物たちが次々と狙われている」

 北斎と明治も駆け寄ってきた。北斋の顔は珍しく真剣で、明治は手に発明品の詰まった革鞄を抱えている。

「状況はどの程度だ?」明治が眼鏡を押し上げながら尋ねた。

「最悪だ」晴明は和紙を広げ、そこに浮かび上がる文字を読み上げた。「時喰いは宮中にまで侵入し、貴重な記録や文書を次々と消している。このままでは、平安時代の文化そのものが失われかねん」

 陽菜は胸元の時計型ペンダントに手を当てた。昨日受け取ったばかりの守人の証が、温かく脈打っている。

「行きましょう」陽菜の声には迷いがなかった。「私たちが守らなければ」

「しかし、陽菜殿はまだ守人として」

「大丈夫」陽菜は晴明を見据えた。「私には皆がいる。一人じゃない」

 北斎が豪快に笑った。「そうだ、そうだ!俺たちがついてる。それに、平安の都なんて描いてみたかったんだ」

 明治も頷いた。「私の発明品も実戦でテストする良い機会だ。準備を整えよう」

 四人は手分けして出発の準備を始めた。晴明は呪符を用意し、北斎は特別な筆と墨を選び、明治は様々な発明品を鞄に詰め込んだ。陽菜は図書館の奥から、守人が代々使ってきた古い巻物を取り出した。

「これは?」

「時代間移動の際の安全を保証する守人の秘術が記されている」晴明が説明した。「本来なら長期の修行が必要だが、緊急時には仲間との絆が代わりとなる」

 準備が整うと、四人は図書館の中央にある大きな円形の台座に立った。晴明が呪文を唱え始めると、台座の周りに平安時代への扉が開き始める。

「皆、手を繋げ」陽菜が言うと、四人は円を作るように手を取り合った。その瞬間、陽菜のペンダントが強く光り、四人の体は光に包まれた。

 次の瞬間、彼らは平安京の街角に立っていた。

 だが、そこに広がっていたのは想像を絶する惨状だった。美しい都の建物が黒い霧に包まれ、至る所で時喰いが蠢いている。人々は恐怖に怯え、貴重な書物や絵画が次々と虚無に飲み込まれていく。

「これは......」陽菜は言葉を失った。

「虚無の収集家の本格的な攻撃だ」晴明の声が震えた。「故郷がこんなことに」

 その時、遠くから悲鳴が聞こえた。宮中の方角からだった。

「急ぐぞ」晴明が先頭に立って走り出す。

 宮中に着くと、そこは完全に時喰いに占拠されていた。廊下には黒い霧が立ち込め、美しい屏風や調度品が次々と消えていく。

「道長殿はどこに?」晴明が宮中の官人に尋ねた。

「清涼殿におられるが、もはや時間の問題です」官人の顔は青ざめている。「あの化け物どもが迫っています」

 四人は清涼殿に向かって駆けた。途中、無数の時喰いが行く手を阻む。

「私が道を開く」北斎が筆を構えた。「『時空切り裂きの一筆』!」

 北斎の筆から放たれた光の線が、時喰いの群れを真っ二つに切り裂いた。

「今だ!」明治が投げた発明品が爆発し、さらに多くの時喰いを吹き飛ばす。

 晴明は呪符を次々と投げ、陽菜は守人の力で時喰いを浄化していく。だが、敵の数は圧倒的だった。

 ようやく清涼殿に辿り着くと、そこには藤原道長が数人の従者と共に追い詰められていた。巨大な時喰いが彼らを囲んでいる。

「道長殿!」晴明が叫んだ。

「晴明か!よくぞ来てくれた」道長の声には安堵が込められていた。

 だが、その時だった。時喰いたちが突然動きを止め、空中に黒い影が現れた。

「虚無の収集家」陽菜が呟いた。

 黒いフードの奥から声が響いた。「守人よ、よくぞ来た。だが、もう遅い。平安の記憶は我がものとなる」

 収集家が手を挙げると、時喰いたちが一斉に襲いかかってきた。これまでとは比較にならない激しい攻撃だった。

 陽菜たちは必死に応戦したが、数の差は歴然としていた。北斎の筆が折れ、明治の発明品も底をつき始める。

「このままでは......」晴明が歯を食いしばった。

 その時、陽菜の心に強い決意が湧き上がった。守人として、仲間として、絶対に負けられない。

「皆!」陽菜が叫んだ。「力を合わせましょう!」

 四人は再び手を繋いだ。その瞬間、それぞれの時代の力が融合し、巨大な光の柱が清涼殿を包んだ。

 しかし、虚無の収集家は笑った。「無駄だ。絶望こそが真理。すべては虚無に帰る」

 収集家の力が増し、光の柱が揺らぎ始めた時、陽菜は収集家の声の奥に、深い悲しみを感じ取った。この戦いの真の理由が、そこにあるのかもしれない。

 だが今は、目の前の危機を乗り越えなければならない。平安京の運命が、四人の肩にかかっていた。

時層図書館の守人たち

16

平安京の危機

織部 時花

2026-04-05

前の話
第16話 平安京の危機 - 時層図書館の守人たち | 福神漬出版